釣りをするひと
「なー三蔵アレやりたいアレ!」「却下」
「なー三蔵アレ食いたいアレ!」
「さっき食ったばっかりだろうが」
「なー三蔵・・・」
「うるせえっ!」
勢いよく振り下ろされたハリセンに悟空が涙目で頭を抱えた。
「まあまあ三蔵」
桃源郷に於いて珍しい金髪と、罵声と、元気一杯の連れにハリセンと。人混みの中で尚人目を引くその人を宥めるように八戒が声をかけた。
「まーったく三蔵サマは頭が固いねェ。せっかくのお祭りなんだからちょっとは小猿ちゃんのおねだり聞いてやれば?」
旅先の小さな町の夏祭り。町の規模に相応しくそれ程仰々しい騒ぎでは無いのだが通りには提灯が吊され、 何処からか分からないが太鼓の音が聞こえて来る。 道行く親子連れはここぞとばかりにいつもと違う衣装を身に纏い手に手に出店で買ったと思しき小吃を持って笑顔で歩いている。 悟空では無いが、こういう賑やかな雰囲気は悟浄も嫌いでは無い。
「聞いてやってるじゃねえか。充分」
そうでなければ人間が大勢いる場所が苦手な自分が夜祭りになど来るものか。
壮絶に不機嫌な顔をした最高僧が押し殺した声で告げた。
然し曲がりなりにも三蔵の法衣は着物なので遠目に見ると「浴衣っぽいものを着ている」ように見え、 一番乗り気で祭りに繰り出して来ているように見えているのだが本人が気が付いていないのだからそれは置いておく。
「あーっ、アレ!」
ハリセンでしばかれた事から既に立ち直った悟空が次の獲物を見付けてはしゃいだ声をあげた。
「金魚すくい・・・ですか」
色とりどりの小さな魚が水槽代わりのビニルプールの中で泳ぎ回っているのを子供達が薄い紙で掬うべくしゃがみ込んでいる。
「金魚なんかどうすんだ」
旅をしている身で生き物なんか持って帰っても飼う事は出来ない。 大体この遊びに興じているのは十にも満たないような子供ばかりではないか。だからこいつはガキなんだ、思いながら三蔵が舌打ちする。
「まあ良いじゃん。宿の入り口に金魚の居る水槽あったっしょ。一緒に入れて貰えば良いでショ」
言いながら悟浄が二人分の料金を店の親父に渡す。
自分の小遣いを持たされていない悟空が保護者である三蔵の苦い顔を見て首を竦めた後、 差し出された薄い紙を張った丸い枠をぽかんと見つめ、それから悟浄を見上げて満面の笑みを浮かべた後、 もう一度三蔵の方を振り返りにかっと笑ったので、三蔵は仕方ないと言う風に溜息を吐いた。
他の子供達が金魚を上手く掬えない侭薄紙を破いてしまっている様子を暫し伺ってから、悟空がじっと水面を見つめる。
水面近くに浮かび上がって来た赤い金魚をその視線が捉えた。
ばしゃんと。
一瞬で掬い取ってしまえば良いと悟空は思ったのだが。
勢い良く水に差し入れた瞬間悟空の思惑とは裏腹に薄い紙が中央から裂けて破れ始めた。 「あ」と思いながらも手は止められない。狙い定めた金魚に紙の破れた枠を差し向けると案の定金魚は枠をすいとくぐり抜け、 再び空中に持ち上げられた丸枠の中には金魚はおろか紙すらも残ってはいなかった。
「ハイ、交代」
後ろで見ていた悟浄が呆然としている悟空に声をかける。
「ちえー」
「こーゆーのはね、そっとやんのがコツなの」
言い様、悟浄は丸枠をそっと水面と平行に差し入れた。ひよひよと幼い尾を振って水の中を可憐に泳ぐ一匹に狙いを定め悟浄が手を動かした。 どうやって水の抵抗を殺しているのだか薄い筈の紙はまだ破れない。
「一瞬でぱあって掬えば取れると思ったんだ」
背後で悟空が飼い主に先程の失敗を語っているのが悟浄の耳に届く。
「金魚はストレスに弱い生き物だ。今日持って帰ったヤツを混ぜたら元からいたヤツも死んじまうかも知れんから取れなくて良かったんだろう」
大きい声でも無いのに喧噪の中でも何故か良く通る最高僧の低い声が悟浄の耳を打つ。 それは先程自分が言った「取った金魚は宿の水槽に混ぜれば良い」と言う事を・・・。
狙った魚は既に紙の上に乗っていたが、乱暴に水から引き上げればその拍子に水圧に負けて紙が見事に裂けて一瞬水面から離れ持ち上がった金魚はとぷんと小さな音を立ててすぐ様水中に逆戻りした。
例えば今逃がした金魚だって、どこぞのガキにすぐ釣り上げられた揚げ句水道水の中に突っ込まれて一日も経たずに死んじまうかも知れない。 そう思えば自分のした事がバカバカしいのは分かっていたが。
手ぶらで立ち上がった悟浄に気が付いた悟空は「な、難しかったよな」と言い、三蔵は「偉そうに言ってた割に手ぶらか」 といつもの無表情でぶっきらぼうに言った。八戒は・・・どう思っているのか分からない。 わざと失敗したのはバレていると思うが八戒の耳にも先程の三蔵の言葉が届いていたのであれば悟浄の取った行動など総てお見通しだろうし、 聞こえていなかったのであれば今頃理由を考えている頃だろう。
三蔵の暴言に反論はしない。
金魚にまでヤサシクしてどーすんのよアンタ。
代わりに呆れる程優しい三蔵に、こっそり苦笑しながら悟浄は煙草を銜えた。