MD
先客の誰かが忘れていったらしく宿の部屋に置き去られたMD。 ラベルも何も貼られていないそれを悟浄が聞いてみる気になったのはちょっとした気紛れだった。


『好きなんだけど〜 ぱんぱんぱん 離れてるのさ〜 ぱんぱんぱん』
「・・・っぎゃああああ!?」
「どうかしましたか悟浄!?」
「こっ、コレっ!」
「・・・?」
一番近い処にいた悟空は差し出されたイヤホンをひょいと耳に当てた。 然し悟空はリズムに合わせて躰を揺らして聞き入っている。やがてイヤホンを外し、言った。
「コレ、じっちゃんの十八番だ」
「じっちゃん・・・?」
「大僧正の事だろう」
離れた処で新聞を読んでいた三蔵が告げる。
「ほら、三蔵も聞いてみろよ」
言うと悟空は無理矢理三蔵にもMDを聞かせた。 耳にイヤホンを突っ込まれた三蔵は不愉快そうな顔をしたが三蔵に対しそんな暴挙に出て殺されないで済むのはこの世に悟空一人であろう、と悟浄は思う。
「・・・ああ、そうだな」
イヤホンを外して悟空に戻しながら三蔵が同意した。
「何て言ったっけコレ」
「星のフラメンコ」
「ああ?」
何だソリャ、正気じゃねえよそのタイトルは、と抗議を込めて悟浄が口を開く。
「格好良いんだぜ、じっちゃん。「星のフラメンコ〜オ・レー!!」って言って、こう」
と、悟空が歌いながら勢い良くパシパシと手を合わせた。因みに先程悟浄が聞いたフレーズの「ぱんぱんぱん」も総て手拍子の音である。
「く・・・っ、あはは」
堪えかねたように八戒が笑い始める。珍しく身を二つに折るようにして笑っている・・・大受けである。 「猪悟能」時代に僧正とは何度か顔を合わせた事のある八戒としては、大僧正が墨染めの衣姿で「オ・レー!!」 と手拍子をする姿を想像してしまい笑い出さずにはいられなかったのだ。
「お寺の皆さんでカラオケに行くんですか?」
「年に一度カラオケ大会があるんだ!」
笑いながら問い掛けた八戒に笑顔で即答した悟空の返事に、八戒と悟浄の喉が鳴った。ここから先は慎重に尋ねなければいけない。
「カラオケ大会ですか、良いですね。お寺の皆さんは全員参加ですか?」
「うーんと、俺は「最終日」って言うのしか見た事ないんだけど。どうなってるんだっけさんぞー?」
三蔵に話を振らないよう慎重に振る舞っている八戒の心情をものともせず悟空はあっさり三蔵に尋ねた。
「予選がある。お前が見てるのは本選だけだ」
「と言うことは予選をくぐり抜けて出場しているだけに僧正様はかなりの腕前と言うことになりますね」
腕前とは言わないでしょ、突っ込んだ悟浄は八戒に背筋の凍るような笑顔を向けられツッコミを入れた自分を激しく後悔した。
「悟空は参加しないんですか?」
「俺はまだ早いって、毎年見るだけなんだ・・・なあ三蔵、俺も今度出てみたい」
もじもじと照れくさそうに保護者の方に上目遣いで悟空が視線を投げる。 この「もじもじくんモード」の悟空はかなりいじらしくて可愛いので結構八戒は気に入っている。 欲しいモノは欲しいとはっきり自分の気持ちをぶつけて来る悟空がどういった基準だか分からないが時々こうして欲求を小出しにして来る姿は無碍に断れない雰囲気を持っている。
「好きにしろ」
まさか三蔵までもが悟空を可愛いと思った訳ではあるまいが、三蔵は悟空の望みに許可を与えた。
「三蔵も矢張り毎年・・・?」
「三蔵は出ないよ。毎年・・・」
参加しているんですか、との意味を込めて発した八戒の問いに悟空はあっさり否定の言葉を紡いだ。
「ナニ?三蔵様は毎年予選落ち?」
悟空の言葉が終わるのを待たず悟浄がからかうように言う。
「死にやがれっ」
ガウン ガウンッ
三蔵は審査委員長だから、と。呟いた悟空の言葉が死の弾丸を避けるのに必死な悟浄に伝わる事は無かった。

大僧正様の持ち歌No.2は「夜霧よ今夜もありがとう」。 実は三蔵様は参加したくても用意してあるテープが懐メロだけなので参加出来ないのでした。 三蔵って凄い古い曲知ってそうですけど。「上海帰りのリル」とか。

100題