髪の長い女
初恋は髪の長い女。きつい美人だった。
笑った顔を見た事が無かった。
いつも泣いていた。
俺を憎んでいた。
俺を殺そうとした人。
そして赤に染まる視界。
「・・・・・・っ!」
暗闇の中目を開けた。息が苦しい。汗をかいている。
こんなに暑いのは毛布を掛け過ぎたから、そう思い込もうとするが本当はそれが理由でない事は分かっている。
脳裏に鈍く浮かぶ光景。頭が重い。
ただの夢なら良かった。夢だったら起きてバカ騒ぎをしているうちに忘れてしまう。
だがあれは夢ではなかった。過去自分の身に起きた現実。
「・・・クソっ」
ベッドに起き上がり枕元の煙草を掴む。ひしゃげた箱の奥にこびり付くように入り込んでしまっている最後の一本。 傾けてもなかなか出て来ない。 思い切って箱の奥に指を突っ込んで引っ張り出す。途中で煙草が折れないように注意して。 空になったパッケージを握り潰し煙草を唇に挟む。オイルが少なくなっているのかジッポからは火花しか出なかった。
漸く火が灯り吸い込んだ愛モク。苦みばかりで美味くもなんともない。
闇に慣れて来た目に煙が白く渦巻くのが映る。
こんな時は甘苦い味の残るマルボロが欲しい。煙がヤケにきつくて目に沁みるのでホントはあんまり好きじゃなかったが。 知り合って一年も経たない金髪の坊主からたまにくすねる赤いパッケージの煙草。
時々まじまじと見つめてしまう程毒々しい真紅で派手な箱。嫌いだった。絶対吸う事はないと思っていた銘柄。
何故か最近はそれ程嫌いでも無くなった。白い指が箱を掴むと不思議と赤が映えて、綺麗だとさえ思う。
目が覚めても相変わらずハイライトを銜える気にはならなかった。 かと言って自分があの赤い箱を手にするのは酷く不似合いな気がして結局煙草を切らした侭買いに出掛ける事もしなかった。 八戒は俺が朝から煙草を吸っていない事に気が付いているらしいが何も言わなかった。 せいぜい『空気が汚れなくて良いですねv』位にしか思っていないのかも知れないが。
そして昼も過ぎた頃思いがけない来客があった。
ずっと考えていたせいで夢でも見たのかと思った。
「・・・マルボロが歩いて来た・・・」
目の前には仏頂面の最高僧。あまりにも出来過ぎていて笑ってしまう。
「・・・何笑ってんだ」
自分の事を笑われたと思った三蔵がじろりと睨み付けながら袂からマルボロを取り出した。 違う、あんたの事を笑った訳じゃない。・・・でもお前超能力でもあるんじゃないの。
「ワリっ、一本恵んで」
待ちわびていた赤。
「ふざけんな」
「今切らしちゃってんのよ。今度俺のやるから」
「てめえの煙草なんざいるか」
それでも渋々と器用に一本だけ叩き出してからパッケージをこちらに向けてくれる。 有難く一本抜き出してから自分がライターを持っていない事を思い出した。
「火は?」
煙草を持っていない時はジッポも部屋に置いた侭なんて単純な自分に呆れてしまう。
カチリ。
舌打ちしながら三蔵が火を差し出す。
「さーんきゅ」
深く吸い込む。隣の三蔵を見ると気怠げに煙を吐き出す所だった。 マルボロは期待していた通りの甘苦い味を口内に残した。
記憶の中の髪の長い女は泣いていても綺麗だった。
出来る事なら。胸の痛くなるような美しさでは無く。
法衣姿の男がこの心に落としてくれたような美しさを。俺は彼女から与えられたかったのだ。