小指の爪
月の綺麗な夜だった。
いつものように騒がしく悟空と料理の取り合いをしながらも悟浄は時々三蔵の方を見ては八戒と悟空の視線が自分に向いていない隙を狙って口の端を上げて笑いかけてみせた。 顔を上げるといつも三蔵と目が合うのは三蔵も悟浄の方を見ているからで、 笑いかけられても三蔵の方から何らかのリアクションを返す事は無かったがその実三蔵は悟浄の口元を見つめていた。 元は命ある物であった肉塊を何の躊躇いもなくばりばり噛み砕いては嚥下して行く自分とは違う生き物であるかのような雄々しい口元を。


食事を終え部屋に戻ると窓の外の大きな月を眺める余裕も無く口付けを交わしながら縺れ合うようにベッドに転がり込んだ。 シーツの上でお互いの躰をきつく抱き締めあいながら飽きず何度も舌を絡める。
「・・・もし徳の高い坊主の肉を食うと寿命が延びるって噂が本当だったらどうする?」
口付けが途切れた合間に吐息と共に悟浄の首筋に鼻先を埋めるようにして三蔵が問い掛けた。
「どうって・・・お前を食うかって事か?」
毛先を三蔵の指に絡め獲られている為頭をあまり動かす事が出来ない悟浄が視線だけ泳がせて三蔵に向けて問い返す。
「・・・そうだ」
もぞもぞと躰を寄せるようにしながら答えるので三蔵の表情は悟浄には見えない。
「バカだな。お前食って一人だけ長生きしてどーすんの。三蔵のいない世界で死なずに生きてるなんて事になったら泣くぜ?」
言いながら悟浄が自分の躰に両腕を回して張り付いている三蔵をひっぺがし、法衣の袷に手を差し入れてそろそろと衣服を剥ぎ始める。
「悟浄・・・」
胸元を這いずりまわる悟浄の大きな掌に頬をうっすらと紅く染めながら三蔵が唇を悟浄に差し出した、その時。

「三蔵っ!」

鍵を掛け忘れていたドアが突然乱暴に開けられた。声の主はおよそそんな乱暴な立ち居振る舞いに似つかわしくない優しい碧色の眼の持ち主。 何やら酷く興奮していてベッドの上の二人の姿を見ても特に何も思う処が無いらしい、 と言うか声をかけられた当の三蔵がどんな状態か目に入っていないようだ。
「何だ」
呼び掛けられたこちらも先程迄の艶っぽい声は何処へ・・・と言った態度で法衣を正しながらむくりと起き上がった。
「・・・八戒・・・」
あっちもあっちならこっちもこっちだ、久々の二人部屋なのにナニすんだ、とばかりに恨みがましい声を出しているのは悟浄。
「これっ、見て下さい!」
叫び声に近い抑え切れない声で言うと八戒はベッドにつかつかと寄って来て手に持った雑誌を三蔵に開いて見せた。 先程ロビーで暇潰しに読んでいたのですが、と言いながらページを繰ると開かれたそこには。
『天才生命工学者ニィ博士の最新技術報告』
「生命工学がなんだってんだ・・・?」
不審そうな三蔵に「いいから読んでみて下さい」と珍しく強い調子で薦める八戒の様子に、悟浄も横からページを覗き込んで見た。
『死んだ人を蘇らせる技術を発見・・・』
色の付いた太字で『これでアインシュタインも蘇る!?』と書かれたアオリ。
「・・・本当かよ」
「三蔵?八戒?なんか二人とも眼がマジになってない?」
先程迄の訝しげな様子と違い何処か呆然とした声の三蔵に慌てて悟浄が茶々を入れるが少し声が上擦っている。
「「材料:禁忌の子・・・」」
八戒と三蔵が声を揃えて記事を読み上げた。
「!?」
「「・・・・・・」」
こくりと小さく咽を鳴らした後八戒と三蔵がゆっくりと悟浄の方を向く。その、躊躇いがちな動作が悟浄には恐ろしい。
二人の視線を受けて固まる悟浄に八戒が笑い声を上げる。
「あははははは・・・イヤですねえ悟浄本気にしちゃって」
「そうだなまさかこんな事・・・」
言いながら、八戒はともかく三蔵までが苦笑いを浮かべていた。あの不機嫌大魔王の三蔵が。 あり得ない事をうっかり信じそうになった自分への照れ隠しの笑いと取れない事も無いが、 三蔵に限ってはそれこそそんな可愛い事は天が滅んでも絶対あり得ない。
「でもこれ、本当だか分かりませんからね・・・本番の前にちょっと試してみないと」
本当だか分からないと言いながら八戒は「本番」を既に見据えている事がその発言から見てとれる。
「あ、ああ、そうだな・・・じゃあ指一本位で・・・」
同意する三蔵に「何」の指一本だ、悟浄は内心突っ込んだ。
「あはは。先ずミニチュアですか」
まず少量の材料でミニチュアを、とは考えていなかったのだがそう言う事になるのか・・・八戒の言葉に小さく三蔵は呟いた。
「・・・悪くねえな」
「ですよねえ?」
言い合う二人の脳裏に「誰」のミニチュア姿が浮かんでいるのかは、そのうっとりとした表情を見れば分かった。
「あ、じゃあ僕はせめて小指の爪でも分けて貰えますか」
「そんな少しで足りるのか」
「まだ実験の段階ですからね」
何の取り分の話をしているのか、悟浄は恐ろしくて問い質したく無い気分だった。
「処でこういった実験の場合、普通元の生体の一部の細胞なり何なりが要ると思うんですけど僕の場合、対象物がもう入手出来ないんですよね」
「そう・・・かも知れないな」
八戒の言葉に三蔵が顔を曇らせた。遺骸の発見しようも無い程の焼け野原に消えた八戒の想い人。 あの更地と化した一面の焼け野原を八戒と共に三蔵も見たのだ。
そして三蔵の蘇らせたい「あの方」は八戒の想い人以上に亡くなってから年月が経っている。 そもそもあの方が亡くなった日に寺を出てしまっていたのでつい最近まで知らなかったのだが、あの日の晩寺は妖怪に襲われたと聞く。 だとするとあの方の遺体はきちんと葬り去られていない可能性も高い。 もし墓に納められていたとしても10年の歳月を経て、安らかに眠っているあの方の墓を暴く冒涜は犯せない。
「・・・俺は諦める」
長く続く逡巡の後長い睫毛をそっと伏せて三蔵が苦渋の決断を下した。
「三蔵・・・」
そっと八戒が声を掛ける。
『諦めてくれたか!』と言うのは悟浄内心の喝采。
「・・・お前はどうするんだ」
静かに三蔵が問い掛けた。
「僕の場合対象が双子の姉なので、僕の体細胞で試してみたらどうかな・・・と思ってるんですよ」
「それってクローンなんじゃ・・・」
悟浄が冷静にツッコミを入れる。
八戒のクローン。しかもミニチュア。・・・可愛い。見てみたいような見たくないような。
「・・・そうか。じゃあ材料はお前に譲る」
「材料ってナニよ!?」
「有難うございます、三蔵。でもわざわざ禁・・・材料を用意させる処を見ると、もしかしたら元の生体は不要なのかも知れませんよ」
「だから材料ってナニよ!?」
「だと良いがな。処でこのニィ博士とやらは何処にいるんだ」
悲壮感漂う悟浄の問い掛けが耳に入らないかのように八戒と三蔵は会話を続ける。否、本当に聞こえていないのかも知れない。
「あ、問い合わせてみたんですが天竺の吠登城にいるらしいです」
「オイ」
そんな処にいる人間なんてぜってーヤバイって!と言う至極尤もな発想はこの部屋の中にいる人物の中では悟浄にしか出来ないようだ。
「そうか。早く西に着くと良いな」
思わず、と言った様子で見通せる筈の無い遙か西の方を向いて三蔵が顔を上げた。生憎と西の方、三蔵の視線の先は壁だったが。
「そうですね」
釣られるように遠くを見るような視線をした後。
「この論文が本当だったら、き・・・材料はきっと多くの人に狙われる事になりますから僕達でしっかり守ってあげましょうね」
「イヤアアァァァ!!」
狙ってんのはお前らだっつーの! そう言おうとした悟浄だったが爽やかに笑いながら八戒が肩にがっと音が聞こえてきそうな勢いで手を置いたので思わず叫び出す事しか出来なかった。

・・・悟浄さんごめんなさい・・・。

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