デリカテッセン
オーダーしたドリンクを飲み終わると細長いグラスに注がれた檸檬の味の付いた水がテーブルに載せられた。 効き過ぎる冷房にも関わらず氷が大量に入っているそれに手を付ける気は起きない。 他のテーブルとは適度に距離の置かれた広い割に席数の少ない昼間だと言うのに薄暗い店内。 店の中央の壁に嵌め込まれたモニタではアイドル歌手のライヴ映像だとかが延々流れている。
出された料理は値段が高い事を除けば不満は無いが。
モニタの横にはアイドル歌手の等身大POPが置いてあり時々ファンがその横に並んで店の者にカメラのシャッターを押して貰っている。 この店で供されるコーラはアイドルが出演したCMのスポンサーの物だけなんだとか。コーラなんぞ飲まない自分には関係無いが。 某アイドルのワークショップだと言うこの店にはグッズ売り場も併設してある。
こんな店に入らなければ良かった。
モニタの方を向いて隣に座る紅い髪の男を一瞥し三蔵は小さく溜息を吐いた。



「ここのフリがさ・・・」
言いながら三蔵をこの店に引きずり込んだ当人である悟浄はモニタに映し出される映像に合わせ腕を忙しく動かしている。
「止めろバカ」
「もーちょっともーちょっと・・・」
『乖乖龍地冬 come and dance with me』と小さく歌いながら悟浄はフリ真似を止めない。
回りの客や店員がどんな眼で見ているかと思うと三蔵は小さく舌打ちして横を向くしか出来なかった。
然しどんなに苦々しい顔で横を向いていようと「他人です」オーラを出していようと周囲から見ればこの不機嫌そうな僧侶姿の青年は傍らの赤い髪の男の連れにしか見えないのであった・・・。



「・・・はさ、元々バックダンサーなのよ。だから踊りが上手いワケ」
先程の曲が終わりフリ真似にはとりあえず満足したらしい悟浄が話し掛けて来る。三蔵も見てみ?とモニタを見るよう促される。
渋々モニタに眼を遣ると何とか言うアイドルが確かに再び踊りながら歌っている。
成程確かに流れるようにしなやかな足捌きは美しいと言えるか。と、三蔵は思ったのだが。
「くはー、あの腰のキレ!」
『腰・・・?』
ぎくりと悟浄の方を見ると、椅子に腰掛けた侭うずうずと踊り出したそうにしている。 まさかまた踊り出すのでは無いかと三蔵はぎょっとした。 幾ら何でも座った侭腰をぐりんぐりんされたりしたら明らかに変だ。変態一歩手前だ。
『今度踊ったらハリセン食らわせて速攻でてめえを置いて店を出る!』
固く決意して悟浄をがるると睨み付ければ、意外な事に悟浄は
「じゃ、出よっか」
と告げた。



「付き合ってくれてサンキュ」
店を出た処でそう言われた。 表通りから道路何本か分歩いたコンベンションセンターのような大きな小綺麗なビルの入口。 ビルの前迄来ればポスターが掲出してあるので店がある事が分かるが何も知らない人間がたまたま辿り着くような場所では無い。
珍しく含む処の無い純粋に嬉しそうなその表情を見ればアイドルのヒット曲を聴いたりフリに合わせて踊ったりと言う事がこの男には本当に楽しいのだと分かった。 自分には何が楽しいのかさっぱり分からないが考えてみればエロ河童と雖も遊びたい盛りの22歳の男だ。
こいつの「遊び」というのは夜の酒場の不健全な遊びだけかと思っていたが意外と普通の若者らしい処もあったんだな。
ちらりと考えながら悟浄の笑顔から眼を逸らして三蔵は煙草を銜えた。
「あー、体動かしてえ」
珍しく煙草を口にしない侭大きく伸び上がって悟浄が空を見上げる。
「どっか行かねえ?ゲーセンとか。踊れるヤツあるし」
「行きたきゃてめえ一人で行け」
「言うと思った」
即答して苦笑している処を見ると予想通りの答えだったらしい。
「三蔵は?」
「宿に戻る」
「まだ帰るには早い時間でしょ。じゃ、さ」
悟浄が三蔵の耳に顔を近付けて囁いた。
「休憩しよっか」
「休憩?」
今の店に入って茶を飲んだのがそうでは無かったのか、そう思い顔を離して悟浄の視線を捕らえようとすれば。
「今日4人部屋だし」
続けて耳元で囁かれ三蔵は漸く意味を悟った。一瞬でもこいつの事を「普通のところもある」などと思った自分が間違いだった。
「ざけんな」
「イタタタタ。あんたソレの使用法絶対間違ってるって!」
ブーツの踵で足をぐりぐり踏み付けにされ悟浄は涙目で訴えた。
「間違っちゃいねえだろうが。エロ河童撃退アイテムだ」
言い様自分の足の下から抜け出した悟浄に尚も蹴り出すようにブーツの踵を向けて来る。
すちゃ。
軽やかなバックステップで悟浄がその蹴りを交わす。
避けた後再度ひらひらと三蔵に近付いて来て腰を抱き込もうとしているかの如く腕を差し伸べる。
無言で三蔵が肘打ちでその腕を払い除けると法衣の裾が腕の動きに合わせて翻る。
悟浄はその肘から華麗にターンしながら遠離った。長い赤い髪が悟浄の回転に少し遅れて優雅に舞う。
『何を・・・やってやがる?』
酷く大袈裟な見せつけるような悟浄の動き。何時の間にか自分達を遠巻きにして眺めているギャラリーの視線を感じる。
その時三蔵は思い出した。先程迄見ていたアイドルのライヴ映像を。
「止めねえかこのクソ河童ッ!!」
「おわっ!?」
避ける暇の無い素早さで悟浄の頭にハリセンを振り下ろした。
「いてえ〜」
「踊りたきゃ一人で踊れ。俺を巻き添えにするな」
「あれー?分かっちゃった?」
にやりと面白そうに悟浄が笑う。
「分かっちゃった、じゃねえだろ」
忌々しげに三蔵は悟浄を睨み付けるがそれ以上強く言って来る事は無い。 くるくる踊る赤毛の男と着物姿に金髪のハリセンを手にした男と言う組み合わせはハッキリ言ってストリートパフォーマーに間違われても仕方無い。 しかも巻き添えにするなと言いながらギャラリーを集める片棒を半分担いでいたのは間違いなく三蔵(withハリセン)だったと言う事を本人も自覚しているらしい。
髪を揺らして小さく笑い続ける悟浄の脛を三蔵のブーツが捕らえた。勿論踵で。
「ギャッ!」
「フン・・・馬鹿面晒してねえでとっとと行くぞ」
鼻を鳴らし三蔵は悶絶する悟浄に背を向けた。
「ちょっと待てって。本当に宿に戻んのか?」
自分を待たず歩き出した三蔵に悟浄は足の痛みを押して慌てて急ぎ足になり並んで尋ねる。
「誰が宿だと言った」
「へ?」
「ゲーセンとやらへ行くとてめえが言ったんだろうが」
相変わらず不機嫌な口調ではあったが確かにそう言った三蔵に、一瞬悟浄はぽかんとしてから笑みを浮かべた。
「三蔵様に見せてやるよ俺様の華麗なステップ」

そう言ってその場でくるりとターンしてからダンスにでも誘うかのように差し出した悟浄の手は即三蔵に叩き落とされた。

お店のモデルはデリでは無くアーロンカフェこと「studio workshop + cafe」@銅鑼灣
悟浄が歌ってるのは郭富城の「Para Para Sakura」。 書き始めてからずっとサビの"mi ni ko i sakura ah e oh"が頭をぐるぐるしています。

100題