メモリーカード
「沢山買ってくれてありがとよ。これはオマケだよ」
「有難うおばちゃん!」
八百屋の店先で悟空が買い物をしている。男4人の旅用の買い出しと言うのは結構な量になるもので、 それだけ大量に買うとオマケが貰えたりする事もままある。
「・・・・・・?」
どうという事の無いいつもの光景の筈なのに何かを思い出しかけた。
覚えがあるこの光景。買い出しの度繰り返される事なのだから見覚えがあるのは当たり前だが記憶に浮かんだのはこれではなく。
「どうかしたのか三蔵?」
荷物を抱えた悟空が戻って来て尋ねる。
「いや・・・」
話し掛けられ思い出しかけた何かが霧散する。
思い出せないと言う事はどうでも良い事なのだろう、宿に戻るべく元来た道の方を向いた三蔵は再び妙な既視感に襲われた。
先程宿から街中に向かって歩いて来た時は何とも思わなかったが街中から宿へ戻るこの景色は何故か知っているような気がした。 どの街も中心となる区域の作りというものは結構似ているので西へ向かう旅の中通り過ぎた何処かの街と記憶がオーバーラップしているのかも知れない。
そう思い直し三蔵は足を進め始めたが少し歩いた処で立ち止まる。 角を曲がった処に赤い看板の料理屋。右側には派手な飾りを表に出している道具屋。
「・・・・・・」
矢張り見覚えがある。



「この街に、来た事があるのかも知れん」
「知れん、ってナニ言ってんの」
「憶えていない」
違和感を感じつつ宿に戻った三蔵だったが食事の席で疑惑は一層深まった。この土地の名物だと言うスープ。 見た目は他の土地でも出されるありがちな料理と何ら変わりないが独特の香辛料の香りがする。 何時、何処でと言った詳細は全く思い出せないがこの香りは憶えがある。
「憶えてないのに来た事があるって分かるのか」
「街並みに見覚えがある気がする・・・が良く分からん」

一人で旅をしていた。悟空に会う迄の5年。その間の記憶が酷く曖昧なのだ。
記憶するような特筆すべき出来事など一つも起こらなかった単調な毎日。 聖天経文を発見するか、そうでないか。その二つしか三蔵の世界には無く。5年間と言う月日は単に後者でしか無かった。 毎日と言うには長過ぎる歳月が三蔵の精神を摩耗させ日々の記憶を残すという行為を脳神経が拒んだ。
三蔵には、師である光明三蔵を喪ってから悟空に会う迄の記憶が殆ど無いと言っても良い。

「気のせいじゃねえの」
悟空と蝦春巻争奪戦を繰り広げながら悟浄が言う。
「見た事が無いのに見た事があるような気がする・・・デジャヴと言うヤツですか」
「ソレ呪文だろ知ってるぞ!」
「ああ?」
元気良く発言した悟空に悟浄が聞き返す。
「おまじないはいつでもビデヴヴー・・・アレ?」
「ビビデバビデブー・・・ですか?」
「そうそうソレ」
「ちっとも似てねえじゃねえかこの猿頭!」
「猿って言うな赤ゴキブリ!」

騒ぎ始めた悟空と悟浄を無視して三蔵はとっとと食事を済ませて先に部屋へ戻る事にした。
只の気の所為かも知れない。来た事があるのかも知れない。 仮に来た事があったのだとしても大した事が無かったから記憶に残っていないと言う事だろう。 どのみち二度と立ち寄る事のない街だ。どちらでも良かった。


部屋で新聞を読んでいると食事を終えたらしい悟浄が戻って来た。
無言の侭ベッドに腰掛け煙草に火を点ける。
シュボッ
フーッ
「・・・・・・」
悟浄は視線を合わす事すらせずにひたすら煙草を吸って、吐いてを繰り返す。
三蔵は静寂は嫌いでは無い。だが不自然な静けさは気に障る。
「・・・・・・」
「・・・おい」
「・・・・・・」
「おい」
「・・・・・・」
「良い加減にしやがれこのクソ河童!言いてえ事があるならハッキリ言ったらどうだ!」
キレて自分の座るベッドまでずかずか歩み寄って来た三蔵に、これ以上誤魔化しはきかないと諦めて悟浄は向き直った。 三蔵は既に悟浄の胸ぐらを掴みかねない勢いだ。
「あのさ」
「何だ」
「三蔵って・・・」
「何だ。とっとと言え」
歯切れの悪い悟浄に三蔵の額に怒筋が浮かんで来る。
「昔の記憶、無いの?」
思いがけない問い掛けに一瞬答えに詰まる。悟空と皿の奪い合いをしながらの会話の合間にそんな事を見て取っていたと言うのは予想外だった。
「無い訳じゃねえ。あまり憶えて無いだけだ」
「それって何で?」
「知るか」
イヤな事を言う。吐き捨てるように言って三蔵は顔を歪めた。
「ゴメン。そんな顔しないで」
美人が台無しでショ。ふざけた口調で言う悟浄に三蔵がイヤそうな顔をする。
「気色悪いコトを言うなっ」
だが然し。怒鳴った途端三蔵の脳裏を掠めたのは、先程の悟空が買い物をしている光景。
「・・・・・・?」


『       』

「三蔵?」

『・・・、おまけだ』

「さんぞーってば」

『可愛い子には、おまけだ』

「・・・・・・っ!」

・・・思い出した。

昔、この街に来た事がある。買い物をして、そして

『可愛い子には、おまけだ』
『オレはっ、男だっ!!!』


・・・その事があまりにもムカついたので。
記憶を抹消する事にした。
試みは成功し、三蔵は見事にその時の事も、その周辺の記憶も、全て・・・忘れてしまったのだ。



「おーい、さんちゃーん」
「うるせえクソ河童!」
スッパーン!!
振り下ろされたハリセンは見事に悟浄の頭にヒットした。
「何すんだよこの暴力坊主!」
「手前のせいで思い出したくもねえ事を思い出しちまっただろうがっ!」
ビシバシビシバシィッ
「ギャーマジ痛いって!!」
ハリセンで往復ビンタと言う新技を生み出しながら三蔵は思った。


────この分だと他の忘れてる記憶もロクなもんじゃねえな。

三蔵が一人で旅してる間の事の記憶曖昧説は「螺旋の暦」より。この設定好きなのです。 そして原作の「ムカつく事は忘れる性分」のムカツク事ってのが女の子と間違われた事っつー三蔵が可愛い。 覚えてない事が、色々。こんなんばっかりだったらおかしい!と。
夜盗に掴まりかけて「これだけの上玉だったら高く売れる」「誰が女だっ!(怒)」殺。──記憶消却──とか(笑)

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