欠けた左手
「──っしゃあ、飯でも食いに行くか!!」
八戒と小猿、それとついでに飼い主の最高僧サマと一緒に街の料理屋へ繰り出したとある日。


「蝦餃もーらい」
「一人で幾つ食う気だよっ」
以前俺の家でがつがつ菓子を喰らう悟空を見ていたのである程度覚悟はしていたが、 威勢の良い声と共に皿に載せられた料理が悟空の取り皿へと消えて行くのに慌てて負けじと箸を出した。
途端。

ガツン

左腕──箸を持つ方の手の肘が隣に座る三蔵の腕とぶつかった。
『何でだ──?』
反射的に首を巡らせて見ると不機嫌そうなツラでこちらを見返して来る三蔵の右手に、箸。
「あ、悪ィ」
取り敢えず謝る。左利きの人間が右利きの人間の右側に座れば互いに肘が当たる。それは分かっている。 左利きの俺は普段は腕が隣のヤツにぶつからない席に座るよう気を付けている。
問題は三蔵が右手に箸を持っている事だ。 何故右側に俺、左側に三蔵と言う位置で座っているかと言うと、 先程訪れた寺院の執務室で三蔵が筆を左手で持っているのを目にしたからだ。 左利き同士なら位置を気にせず座ってもお互い腕がぶつかり合う事も無い──そう思い席に着いたのだったが。
「アンタ左利きじゃ・・・」
「箸は右だ」
「便利ですね」
空になった茶杯に寿眉茶を注ぎながらのほほんと八戒が微笑む。
「お、さんきゅ」
然し一緒になって話なんぞしていると悟空に料理を食い尽くされてしまう。 先程から八戒はこうやって取り皿を回したり小皿に醤油を注いだり甲斐甲斐しく世話を焼いているし、 三蔵は八戒が『三蔵さんどうぞ』と皿に取り分けた物を食う程度だ。 最大のライバルは矢張り一番体の小さいサル────。
目標を定めて再度箸を伸ばそうとするとがつんと再び腕がぶつかり合う。
タイミングが悪いと言うか・・・いや、食うなとは言わないが、暫し無言で互いの肘を見つめ合う。
「・・・・・・」
「箸は、右で使え」
ぎろりと俺を睨み付けながら先に口を開いたのは三蔵だった。
「しょうがねえだろ俺左利きだもん。アンタこそ何で右だよ」
左利きでも箸だけ右だなんて知るかっ。
「・・・・・・」
三蔵が箸を左手に持ち替えた。その左手の箸で春巻を取ってみせる。本当は両方使えるのだと無言で示された。
「箸は右で使うもんだと教わった」



『おや、江流はどちらの手も同じように使えるんですね。便利で良いですね』

幼い日、江流が左手に持った箸でおかずに手を伸ばしていると光明が江流の手に目を留めた。 普段江流は光明の真似をして右手を使っていた為気が付かなかったのだがその日江流は右腕に怪我をしていたのだ。
『江流、お箸は右ですよ』
咎めるでもなく言った光明の言葉に江流は素直に箸を右手に持ち替えた。 どちらの手でも不自由なく箸を使う姿に江流は両利きであろうと光明は推測した。
『良いですか江流。お箸を持つ方の手が右ですよ』
箸を持つ方の手が右。幼い子供に左右を教える時言われる言葉だが左利きの子には混乱を与える。
将来右と左の区別がちゃんと付くように──と。
光明の教えを、江流は忠実に守った。



「手前が両方使えるからっていばんな。春巻くらい俺だって取れる」
箸を右手に持ち替え皿に手を伸ばす。
ぷるぷる・・・・・・ぐさ。
「ホラ取れた」
「取れてねえよ」
見せつけるかの如く三蔵が左手の箸で春雨に入っているキクラゲを箸で摘んでみせるのに負けじと同じ皿に箸を伸ばす。 然し塗り箸が滑り目的の物が掴めない。クソ、ちみっこい黒い欠片のクセに。
「く・・・っ」
「悟浄」
真剣に息を詰め・・・ぷるぷるぷる・・・
「悟浄」
「おわっ、何だよ」
「夢中になるのも結構ですが、良いんですか?悟空に全部食べられちゃいますよ」
「おお、そうだった・・・ってサルッ!!」
気が付いてみると料理はあらかた消え失せていた。
「サルって言うな!」
「お前みてーな全身胃袋はサルで充分だ!クソ、これはペットに餌を食わせる為の陰謀か!?」
「んな訳ねえだろ」
「返せっ戻せっ!俺の雲呑麺!!」
「オレなっデザートは桃まん!」
「食うなッ」



悟浄が右手で箸を使う練習を始めたのはその日からでした(八戒談)。

「目指せ両刀使い!」
「死ね」

5巻「BE THERE」でご飯食べに行った後の話。この頃だと八戒・悟浄、悟空・三蔵で座ると思いますが。

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