雨垂れ
雨の中安物の傘を差して並んで歩く。お互い沈黙を保っている為傘の開ききった布地に雨の当たる音と濡れた玉砂利を踏んで歩く音しか聞こえない。
隣を歩くのはカートンで手に入れた煙草を宿に着くまで待てず、 支払いを終えるなり傘を持っていない方の手だけで器用に赤いパッケージを開き吸い始めた人。 カートンで買うとおまけで付いてくる事の多いライターは、その店では貰えなかった。
宿の裏手まで来た時ふと雨に濡れそぼる垣根の紫陽花に足を止める。
薄暗がりに一面の紫。
「そっか、もう紫陽花の季節か」
気候の違う土地土地を移動して歩く身では常には季節の変化など微かにしか感じ取れず。 気紛れを起こして傘の覆いの外に手を出して露の滴る紫の花弁に触れてみれば途端に雨に濡れる指先。
お花なんか愛でてみちゃったり?どーしたのよ俺ってば。
「紫陽花ってピンクだったり色々な色があるよな?ここは紫ばっかだな」
返事が返って来るのを期待した訳ではない只の独り言。 普段から口数の少ない隣の男が雨の日には更に無口になると気が付いたのは一緒に旅をするようになってからで、 沈黙を破る時わざと明るく振る舞うのは癖のようなものだ。
「・・・土が」
呟き三蔵は吸い終わった煙草を地面に落とした。 水溜まりに落ちたそれは踏み潰さずとも水を吸い上げ音も無く小さな火の塊が消え失せた。
「土壌のアルカリ性が強いか酸性が強いかで同じ種類の木でも色が変わる。酸性だと青、アルカリ性だと赤」
視界の端で三蔵の捨てた煙草の吸い殻を目に入れる俺の耳に、 知らない事象について説明を聞きたがる悟空に教えるかのような穏やかな声色。
紫陽花に色々な種類がある訳ではなく、 この土地の酸が強いので青一色なのだと説明するその声が常に似つかわしくなくあまりにも穏やかだったのでつい顔を上げた。
立ち止まる俺に足を合わせず三蔵は少し離れた所に歩いて行ってしまっていたけれど立ち止まってこちらに顔を向けていた。
別に。
隣にいたのが三蔵だったから紫の花が気になった訳ではなかったけれど。
不意に湿気が肌から浸透してきたような気がした。
煙る視界に紫の瞳。
あんたはその身に何を隠してるの。