鼻緒
珍しい事に三蔵がジープの運転席に収まりハンドルを握る。 その激烈かつ苛悪なハンドル捌きにタイヤをギャリギャリ言わせながら驚いた事にジープも俺達も無事次の街に着いた。
全身血と泥とホコリにまみれボロ切れのような有様の衣服を身に付けた男4人組。 怪しい事この上無し。三蔵がいなければ宿に泊めてもらえない事間違い無し、だ。
非常に頼りになる事に鬼畜生臭最高僧様はこういう時だけは惜しげもなくしおらしげな演技をしてくれる。
「旅の途中で妖怪に襲われて難儀している」(別パターンとして盗賊と言うのもアリだ)
と言ってから計算し尽くした動作で僅かに前髪を揺らしてきり、とフロントの人間を正面から見据え額の御印を見せつける。 少し離れた処からフロントでの遣り取りを伺っている俺達が笑い出しさえしなければ、これで大抵の面倒は回避出来る。
「可愛い子には旅をさせろ」なんて言ったのは何処のどいつだ?
三蔵に限っては明らかにタチが悪くなる一方だと言うのに。


宿に入る前にマネージャ兼衣装係の八戒による全身チェックが入る。
カミサマの城が崩壊した際の爆風で一本一本にまで埃の行き渡ったと思われる髪を丁寧に手櫛で直し、 然し難事に遭ったと思わせる程度に乱れさせておく。
「金冠も被って下さい」
その方がらしいですから、と言われ三蔵も素直に荷から最近滅多に被っている処を見なくなった金冠を取り出す。 いつもは自分が周りからどう見えるか無頓着な主演も今日ばかりは安らかな眠りの為に協力を惜しまない。
「綺麗過ぎるな」
「そうですね」
沙の被り布に汚れが無い事を眼にし、布を取り払い金冠だけ被る事に決定。
最後に顔に付いた血を綺麗に拭い去る。
「顔から血を流している人間は3割増怖く見えますからね」
との言葉で俺達も服は仕方ないにしろ顔だけは出来る限り綺麗にする。
「こんなもんでしょう」
満足そうな八戒のOKを貰い三蔵が先頭に立ち宿の扉をくぐる。八戒は恭しくドアを開けてやる事を忘れない。





「メシー、メシー、今すぐメシー!!」
こうして無事本日のお宿を確保した訳だがチェックインが済んだ途端悟空が叫び出した。 こんなナリで食堂に行く訳にもいかなかったので軽くコギレイにしてから集合と言う事にして一時解散。 然し素早く身支度を整えた悟空が呼びに来る頃には三蔵は風呂に入っていた。 俺達4人の中で一番汚れや血の色が目立つ事を気にして(法衣が白いのだから仕方あるまい) 全身着替えていたのだがついでに汚れを落とす事にしたらしい。
「先に行ってろ」
と言うから階下の食堂で先にメシを食い始める事にした。

「叉焼米紛と鮮蝦腸粉と皮蛋と・・・」
「おねーさんビールちょーだい」
「排骨飯と牛肉麺と・・・」
店のメニューをあらかた踏破してしまいそうな勢いの悟空に負けじと勢い込んで食う。腹が減っていたのだ俺達は。 次々に卓に載せられる温かい料理で腹を満たしていけば生きていると言う実感が沸いてきた。
「三蔵遅いですねえ」
一通り食べた頃八戒がぽつりと呟いた。
「三蔵風呂長いからな」
水餃子を頬張りながら悟空が答える。



「ありゃ」
様子を見に部屋に戻ってみると三蔵はベッドに横になっていた。 悟空でもあるまいし珍しく「腹減った」なんて言ってた割にメシも食わずに。 起こしてやろうかと思ったがこんなに近くに寄っても目を覚まさない程深く寝入っているので躊躇する。
「てめーらみたいな死にぞこないどもに運転されちゃかなわんからな」
なんて憎まれ口叩いてハンドルを握って俺達を待っていた三蔵。 助手席歴が長いからと言って決して運転歴が長い訳では無い、 どころか実は初めてでは無いかと疑われた三蔵の運転だったが本当は俺達の中で一番それどころではない体調だったに違いない。
つい最近死に損なって意識不明アーンド意識混濁の寝たきりで、 起き出してすぐ徹マンしてそれから体調を整えたとは言っても寝たきりだった数日間に筋力だって衰えていた筈だから、 カミサマの城のあった山を降りた辺りで体力の限界が来ていてもおかしくはなかったのに。
「何でこう意地っ張りかねえ・・・」
本当に素直じゃない三蔵が一体どういう風の吹き回しだか表した精一杯の行為。 変に気を遣って遠慮なんかしないで思いっきり受け取ってやらなければ男が廃るっつうもんだ。
そこに好意はあるのかどれだけの想いが篭められていたのかは知らない。 本気で「死に損ないの下僕共を労ってやろう」程度の気持ちだったとか、 一度ジープを運転してみたかっただけだっつー可能性も捨て切れないし。
でももし再び三蔵がボロボロになりながらも俺達下僕に優しくしてくれたらきっとまた受け止める。 素直じゃない上に不器用な三蔵はそんな方法しか取れないから。心配の言葉は軽口で飲み込んでやる。
「・・・なんてな」
呟きながら視線を落とせばベッドの足元にきちんと揃えられた草履が目に入った。
「ん?」
鼻緒に微かな汚れが見えたのでしゃがみ込んで確かめてみると汚れと思ったそれは血痕だった。 こんな小さな布きれにまで血がこびりついている事に少し驚く。
片手で持ち上げてみると履き込まれたそれは底が薄っぺらくなる程にぼろぼろで。
ジープで移動している分徒歩で旅をしなくてはならなかった昔の人間に比べたら遙かに楽をしてはいるが、 走ったり蹴り上げたり岩壁を足掛かりにして崖をよじ登ったり、最高僧様の履き物は通常あり得ない程度に過酷な使用に耐えていると言えた。 水溜まりだけならまだしも血溜まりの中を歩いたり、 俺が草履だったらこいつの草履にだけはなりたく無いと思う程には試練続きの草履。
「こんなに底がぺらぺらじゃ歩いたら痛いんじゃねえの・・・?」
壁を向いて背中を丸める警戒心の強い眠り方をしながらベッドの横でこれだけ話しているのに三蔵はまだ眼を覚まさない。
シーツに零れる洗いたての金糸は灯りを反射して鈍く輝いている。
「お疲れさん」と言って頭を撫でてやりたい、けれど指を伸ばしたら起こしてしまいそうだから触らない。

その代わり明日は。

くたびれた服を脱ぎ捨て新しい服を買いに行こう。
これから先は長いんだし?
くたびれた靴も履き替えて皆で街に繰り出すのも悪くない。
三蔵は文句を言うかも知れないが構わない。

明日になったら。

っつー訳で衣替え。この色っぽいお題で何でこんな・・・!!
イメージは大昔のCM「彼女が目を覚ましたら」・・・え、悟浄さんブーツ買ってあげるのがプロポーズなの!?

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