コヨーテ
『・・・は寓話に於いてうっかりものの役割を与えられる事が多い』
「な、コレ三蔵の事みたいじゃねえ?」
何処かの宿で暇潰しに見ていた雑誌だか本だったかに載っていた動物。 4つ脚で尻尾があって耳があって、と言う以外どんな姿だったかも憶えていないし勿論名前だって覚えちゃいない。
『・・・は人に見られるのが嫌いなので、すぐに逃げてしまいます』
「三蔵みたいですねえ・・・あ、でもこれイヌ科ですね」
「三蔵様は猫だよな」
「ですね」
「犬よりは猫の方が少しはうっかりさ加減控え目なカンジ?」
「あはは、だと良いんですが」
そんな会話を交わした時その場に三蔵がいたかどうかも憶えていない。 尤も側で当の最高僧様が聞いていたら間違いなくハリセンか銃の乱射に遭っていただろうから悟空と二人でどっかに行っていたのかも知れない。
何が控え目だ。このドジ。間抜け。莫迦愚か。
敵襲に遭い残りの敵も一桁となった頃、敵の刃物が三蔵を襲った。 避けるなり銃床で受けるなりすれば良いものを三蔵はそれを腕で受けた。 避けられるものなら避けていただろうし、 眼を掠める筈だったそれは勢いこそあったものの小振りな刃物だった為腕で受けても大事無いと思ったのだろうが、 処が支障が大ありだったのだ。
どうやら刃先に毒が塗ってあったらしい。
三蔵は腕に刃を食い込ませた侭即座にそいつを撃ち殺した。
「動いたらハラ減ったー」
と言う悟空の言葉を捨て台詞にし俺達はその場を立ち去り街へ向かった。
道中黙りきりだった三蔵の身体が傾いだのは街に着きジープから降りた時だった。 部屋を確保するまでは気丈に自力で立っていたが部屋に入るなり法衣姿の侭ベッドに倒れ込み・・・それきり青い顔をして眠っている。
「三蔵の眼を狙っていたと言いましたね?もしかして失明させるつもりだったんじゃないでしょうか」
「え・・・っ」
「悟空、落ち着いて下さい。失明すると言う訳ではありませんよ。毒は眼に入っていないようですから。 視神経に作用する毒は経口で摂取した場合死亡する事もありますが・・・」
一度制止された悟空が再度血相を変えて勢い良く立ち上がった。
「どういう毒か分かりませんが表皮からの摂取だったら恐らく大した効き目は無い筈ですし、本来の働き方もしないと思います」
「と言うと?」
「多分今は毒本来の成分に苦しんでいるだけだと思います。・・・だけ、って言うのもなんですが」
「先刻の奴、解毒剤位持ってたんじゃないか?」
悟空に言い聞かせるように告げる八戒の言葉だが偶々刃物が眼に向かっただけで実は視神経に作用する毒で無かったとしたら。 或いは劇薬だったとしたら、と言う疑いは八戒自身も抱いているらしいのでそう言ってやる。
「俺、戻って取って来る!」
「待って下さい。ジープで行った方が早いですよ。悟浄、三蔵をお願いします」
案の定立ち上がった悟空を、今度は制止する事なく続いて八戒も立ち上がった。
「りょーかい」
こういった時、何もしてやれる事が無い侭じっと待っているよりはとにかく動いている方が良い。 大切な人の為に自分も何かをしているのだと感じられるからだ。 と言っても悟空一人で行動させる位なら留守番をさせてた方がこちらとしては安心だが八戒が一緒なら大丈夫だろう。
だから、一番損な役割を引き受けてやった。
悪ぃな三蔵。俺あんたの為にしてやれる事が何も無いのよ。
ベッドの傍らに椅子を引き寄せ眠る三蔵の顔を見ながら内心で語り掛ける。
看病ったって何の毒にやられてるのか分からない状態では手の打ちようが無いし、 風邪でもひいてるんなら氷枕を作ってやる位の事は出来たのだがそういう訳でも無いし。 酷く顔色の悪い三蔵の寝顔を黙って見ている事しか出来ない。 煙草を我慢してやっているのが俺に出来る精一杯と言う処だろうか。
大体三蔵に対して看病だなんて何をしてやれば良いのか。
どんな酷い怪我をしたって痛いとか辛いとか一言たりとも漏らした事の無いヤツだ。 何をどうしてやったら良いか・・・どうして欲しいのかなんてちっとも分かりはしない。
だから悟空は此処でじっと看病する事よりも行動する事の方を選んだのかも知れない。 俺や八戒よりも長い年月を三蔵と過ごしている悟空。 その間に幾ら頑丈な三蔵サマと雖も幾度かは病気をしたり怪我をする事もあっただろう。
その度手当も拒まれ心配する事すら拒否されて。
「うわ、お猿ちゃん可哀相」
自分で想像して悟空のあまりの切なさに同情してしまう。 自分に出来る事に必死に飛び付こうとする悟空の姿を見ればそれは恐らく当たらずとも遠からず、と言った処だろう。
「あんま人の親切踏み付けにしてばっかりいるとそのうち罰が当たるぜ?」
それともこれが「罰」なのか。
いつも以上に白い顔をしている三蔵に手を伸ばし額からそっと髪を払ってやる。 苦しいのか眉根を寄せているくせにうめき声すら上げもしない。
普段からちっとも素直じゃない三蔵は寝ている間さえ素直じゃないらしい。
取り敢えず法衣の侭だと寝苦しいだろうから着替えさせてやろうと三蔵の荷物を勝手に漁って寝間着の白の単衣を取り出す。 ごそごそと法衣を脱がそうとすると眼は開けないものの意識は浅い処にあるらしい三蔵が無意識にだろうが俺の腕を払おうとする。
「三蔵。着替えるだけだから」
寝ている間に服を脱がされそうになったら確かにイヤだろうと思ったので聞いているか分からないながらも耳元で説明してやると、 強張った躰から力が抜けた。 意識のある相手から脱がすのと意識の無い相手から脱がすのとでは労力が全然違う。 このハイネックのアンダーシャツなんぞは脱がすのに一度頭を抱えて持ち上げてやらないといけないし、 三蔵の抵抗に遭った侭だったら如何に俺が脱がすのが得意でもちょっと手こずっただろう。
何とか着ている物を脱がせて清潔な寝間着を羽織らせた処でふと手が止まった。 帯の結び方が分からない。くどいようだが脱がせるのなら得意だ。 こう、腰に腕を回し見もしない侭指先でちょいちょいと結び目を解く事なら簡単だがその逆に結んでやった事は無い。 仕方無いので蝶々結びで誤魔化した。
「かんりょー」
ホ、と息を吐いて布団を掛けてやる。
着替えを済ませてしまえばこれで俺に出来る事はいよいよ無くなってしまった。
起きたら缶詰のミカンとか喰うかな?
いやいや風邪をひいてる訳ではないのだから、 と頭で思いはしたが眼が覚めた時の為に食い物でも用意してやろうかと部屋を出ようとした処でふと思い付く。
再び三蔵の枕元に戻り布団の下に手を差し入れて三蔵の手を探り出した。 指先は冷たいのにイヤな感じに汗をかいているその掌を軽く力を込めて握り締める。
ぎゅ、と。
ほんの微かに握り返される。
眼が覚めたのかと思い三蔵の顔を覗き込んでみるが三蔵は固く眼を閉じた侭だ。
三蔵らしからぬ幼い仕草。
そうやって声一つ出さないクセに本当は具合が悪くて心細いのだろう。
「すんげー分かりにくいわあんた」
小さく溜息を吐いてぽつりと呟く。
飛び出して行った悟空を引き留めもしないのに布団の下、こっそり差し入れられた手は握り返すなんて、 これじゃあ悟空も気が付く訳が無い。
もうちょっとちゃんと、本当は辛いとか苦しいだとか言ってやれば良いのに。 そう思って気が付いた。
三蔵はきっと伝え方を知らないのだ。
痛いとか苦しいとか。 自分の事を大切にしない三蔵にはきっとそんな事はどうでも良くて、だから伝える言葉を持たない。
本人の意識が強過ぎて普段出てくる事の無い弱音は、こうして意識の無い時に、 無意識下に於いて尚隠されようとし、厚くその身を覆う布団を剥いでやって初めて人目に晒される。
「クソ。ムカつくぞあんた」
あんたが辛いとこっちだって辛いと言う人間がこんな身近に3人も居ると言うのに勝手に自己完結しやがって。 この超鈍男。
あまりにムカついたので空いた方の手で三蔵の鼻をつまむ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
数秒の後、呼吸の苦しくなった三蔵がうっすらと唇を開き口で息をし始めた。
「・・・ぷっ」
眉間に盛大に皺を寄せながらも呼吸困難の原因が俺だと気が付きもせず眠り続ける三蔵の姿に思わず吹き出す・・・ が、相変わらず顔色が悪いのを見て我に返り指を離した。
具合の悪い人間相手に何をやってるんだ俺は・・・。
バツの悪さを誤魔化す為にだろうか。何だか煙草が無性に吸いたくなってきた。
寝台の枕元に灰皿は無い。部屋に無いのならまだ諦めも付くのだがドアの近く、鏡の前のテーブルの上、陶器の白い物体が視界に入る。 手を解いて立ち上がればすぐ取って戻って来られる距離だ。
三蔵が眼を覚ましたら灰皿を取りに行こう。そしていつものように並んで煙草をふかせば良い。
「早く眼ぇ覚まさねえかな・・・」
そう、ぽつりと呟いた言葉は閉ざされた侭の三蔵の瞼に当たり転がり落ちた。