髪結の亭主
今日取った宿は珍しい事に各部屋にテレビが付いていた。
「おっ、今日のロードショーはパトリス・ルコントかあ」
喫煙者同士と言う事で最近同室にし向けられる事の多い悟浄がテレビのスイッチを入れて言った。
「三蔵はコレ見た事ある?」
「くだらんな」
河童はエロビデオしか見ないものだと思っていたので映画の話を振られたのは正直意外だったが、 新聞のテレビ欄に目を遣り今日の番組をチェックする。 要するにヒモの話だろう。パトリス・ルコントとは監督の事らしい。
「見た事ねえんだな」
突っ掛かって来るかと思ったら河童は笑い出した。コレ良い話なのよ、と言いながら。
「・・・そんなもん見る暇があると思うか、俺に」
ロードショーと言うのは過去映画館で上映された映画のテレビ放映の事だ。 今日放映される映画を見た事があると言うことは則ち映画館で上映されている時見ているか、 或いはビデオを見ているかと言う事になるが生憎そんなものを見る余裕は無かった。
「映画嫌い?」
「興味ねえな」
サルは大僧正の部屋で東○ま○が祭りのド○え○んだのがテレビ放映になる時は見せて貰っているらしいが。
・・・イヤ待て。何で大僧正の部屋にテレビがあるのに俺の部屋には無いんだ。 確かに俺はある日突然寺に押し掛けて来た居候の身ではあるが対外的には俺の方が大僧正より地位が上の筈。 クソ、あの狸爺ぃめ。
「・・・どしたの怖い顔しちゃって」
「何でもねえよ」
「三蔵さあ」
「始まったぞ」
俺にとってはクソ喧しいだけのCMが終わり映画が始まった。と同時に悟浄の腕が肩に回される。
「・・・・・・何だ」
腕を払いのける。触ってんじゃねえよ。
「今度映画でも見に行かねえ?」
「ああ?」
何でお前と、とか何で映画なんだ、とか大体今度ってのは何時の話だ、とか。 疑問に思う点が幾つもあり面倒だったので一言に要約して聞き返した。
「どっか大きな街に着いた時とかさ」
「サルでも連れてけ」
あ○ぱ○ま○とかいうのも好きだった筈だ。
「ああ?悟空と一緒に行ってどーすんのよ」
「じゃあ一人で行け」
ちっ、使えねえヤツ。
「三蔵はどんなのが好き?やっぱアクション?」
「行かねえっつってんだろ」
うぜえ。
吹き替えのわざとらしい声がえらく耳障りだ。
「映画の後は一緒に飯食ったりお茶飲んだり」
「・・・・・・」
オイオイ。
「映画が駄目ならコーヒーだけでも良いから」
「・・・・・・」
勝手に話を進めるな。
「聞いてる?」
「生憎だがな。次の街に着いてもそんな事をする暇はねえよ」
「知ってる」
・・・(怒)
「うぜえ」
「ごめん、嘘」
「何が言いたいんだお前は」
呆れつつ隣の悟浄の顔を見ないよう見るつもりも無い映像を眺め続ける。 こんな事を言い出す時は大抵こいつはくだらない事を考えている。

「コーヒー」
「あ?」
「コーヒー位なら今でも飲める。煎れろ」
「あんたねえ・・・」
俺の言ってるのはそーゆー事じゃないのよ、と言いながら悟浄が立ち上がる。


「不味い」
「しょーがないでしょ」
悟浄が部屋に備え付けのカップに入れて持って来たのは安宿の備品にありがちなインスタントの薄味のコーヒーだった。 それをどうしようもなく不味く感じる事で、 何時の間にか八戒がコーヒーメーカーで煎れてくれる味に慣れてしまっているのだと気が付いた。 もう一度カップを口元に運んでも矢張り先程と同じ味しかしない。テレビなんぞを部屋に入れる位ならコーヒーを何とかしろ。
「不味い」
「人に煎れさせて文句言うな」
そう言う悟浄もあまり味には満足していないらしく面白くない顔をしている。
「ほーらやっぱりコーヒーショップのコーヒーが飲みたくなってきたでしょ」
文句を言うなと言った割に自分で味に不満があると肯定したも同然な発言で悟浄は同意を求めて来る。
「んなとこ行かなくても八戒に煎れて貰えば充分だろうが」
「何でそういう事言うかなあんた」
拗ねた口調でガキのように唇をとがらせている。その唇がキスをせがんでいるかのようだったので
「おわっ!?」
悟浄の唇を舌で舐めてみた。
「あんたね猫じゃないんだから・・・」
言いながら悟浄がぺろりと舌を出して唇を舐める。


「あ、コーヒーの味」

本日のロードショウはパトリス・ルコント監督「髪結いの亭主」でした、と言う事で。私は見た事無いですが。

100題