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金冠
魔戒天浄の光を間近で浴びた事がある。 まだ旅に出るよりずっと前の事だ。その時の三蔵の年齢は今の俺よりも下だったと思う。 いつも双肩に掛かっている経文が発光しながらふわりとその痩せた肩から浮き上がり、 三蔵の立っている処を中心に光だけでなく灼熱にも似た熱が高波のように一気に押し寄せて来たのを殆どマトモに喰らった。 ぞくりと全身が粟立つような感触の後、皮膚と毛髪と内臓と、 身体のパーツが一つずつに切り離されて行くような違和感を一瞬感じるが、 すぐにその違和感はよりミクロな細胞レベルへと分解されていく感覚へと変わって行く。 細胞どころかミトコンドリアクラスに迄ばらばらにされそうになりながらもその光の中から動く事が出来ない圧倒的な迄の「力」。 「浄化」とは良く言ったものだ。 光の奔流に呑み込まれるのを見たのを最後に三蔵に襲い掛かっていた妖怪達は光の収束と共に跡形もなく消え失せていた。 半分だけでもこの身に人間の血が流れていたからか奇跡的に俺は此の世から消えずに済んだが暫くは下半身に力が入らず、 と言うか半身が自分のものではないかのように感覚が消え失せており立ち上がる事が出来なかった。 妖怪の血を引くモノ──「陰」の気を持つ者にとって絶対にヤバいものだと瞬間的に感じるのに、 何故か身体を光の渦に溶かされ苦悶に呻きながらも逃げ出す事が出来なかった。 身を焼き尽くす閃光に包まれる忘我の境地はそれでもこの侭消え失せても良いと思える程に蠱惑的だったからだ。 此の世の「闇」に属するモノをも、闇に属するモノ達を「浄め」る聖なる光の誘惑に抗える筈も無かった。 それは「天地開元経文」の一つである「魔天経文」の持つ力だと言うのだが、 それを発動出来るのはこの世界に於いては「三蔵法師」だけだ。 そもそも「三蔵」たり得るのは元来強い法力を持つ者なのだそうだ。 つまり、経文を発動させるには強い法力が必要となる。 並大抵の人間には持ち得ない程の法力を以てして初めて、経文はその力を解放する事が出来る。 だが、と俺は思う。 それ程までに強い力を秘めた経文を発動させる事はヒトである「三蔵法師」の身にも毒になるのではないかと。 辺り一面を白く照らし出す強い浄化の光、 あれは確かに経文の力だろうが三蔵法師自身の「力」でもあるのではないだろうかと。 銃声が止んで暫く経つ。 生い茂った木々に思うように錫杖を振るえない事に苛立ちつつ場所を移動する。 なるべく派手な動きで敵をこちらに引き付けるように。 敵に背中を向けて走り出す。然しコレは「フリ」だ。 一見無防備な背中に敵の気配が近付いて来る頃合いを狙って振り返って錫杖を振り回す。 どっから沸いて来るんだか殺しても殺しても一向に減らない妖怪をなぎ払い、 弧を描きながら戻って来る鎖を手首を振って再度正気を失った妖怪目掛けて繰り出す。 ざくざくと切り落とされる妖怪の腕や頭に血に濡れそぼる月刃は刃こぼれこそしていないものの良い加減脂で切れ味が鈍って来ている。 先程から何故銃声が聞こえないのかは後で考える事にする。じゃり、と心地良い重い音を立てながら鎖がしなるのを頼もしく思う。 とにかく今は目先の敵を片付ける事が先だった。 累々と続く妖怪の死体を目印に歩いて行く先は先程まで俺が戦っていた辺りとは違って背の高い幹の太い樹が密集している。 弾込めをする際敵から身を隠す為とは言え、 余程射撃の腕に自信がない限り撃ち損じの跳弾が怖いので滅多な事では銃を扱うヤツはこんな処に身を置いたりはしないだろう。 恐らく三蔵も八戒や悟空と離れて一人で敵と対峙していたのだと推測する。 跳弾が仲間に当たるリスクを考えないで済むのなら三蔵程の腕前ならば弾籠めの際身を隠せるメリットの方を優先する筈だ。 膝まで沈み込む程の丈の高い草は脚に纏わり附いて妖怪達も容易には三蔵に近付けなかった事だろう。 妖怪との体力差を考えれば接近戦は避けたい三蔵が選ぶには適した場所だ。 銃声が絶えて久しいのは既に戦闘が終わっているからだと思う。 三蔵が戻って来ないのは道に迷ってるか足でも挫いて動けなくなっているからかも知れない。 戦っているうちに4人バラバラになる事なんて珍しくも無い。 そう思っているのに煙草も銜えない侭急いで足を進める。 焦るなよ沙悟浄、とてめえでてめえの頭を冷やしてやりながらも息が荒くなるのは止められない。 三蔵は、と言うか俺達4人ともだが、ここの処余り寝ていない。毎晩のように襲撃があるからだ。 同じ襲撃を受けるのでも昼日中に西行きの道を走行中に襲われるのと夜寝ている処を襲われるのとでは、 当然後者の方がダメージが大きい。 体力的な問題だけでなく巻き添えを喰う人間のいない昼の襲撃と違い宿で休んでいる時の襲撃ともなると、 自分達だけ護れば済むと言う訳では無いし、手当たり次第に無関係な町の人間が殺される事もままある。 だから最近は街に着いても買い出しだけ済ませて急いで街を後にしては野宿を繰り返していた。 そして固い地面で横になっている僅かな時間でさえも敵襲を受けおちおち眠っちゃいられない、 と言うか三蔵に至っては敵襲に備えて実の処殆ど寝てはいないだろう事は容易に想像が付く。 昼の移動はジープの座席に座っているだけだから体力が温存出来てはいるが、 昼間だからと言って勿論三蔵は座席に凭れて眠ってなどおらず終始気を張り詰めた侭でいる。 弱った処を狙われたとは言っても三蔵が簡単に殺られるとは思っちゃいないが実際敵に狙われているのは三蔵と、 三蔵の経文であってお供の俺らが狙われるのは認めるのもシャクに触るがただのついでのようなものなのだ。 かなりの敵を引き付けたつもりでいたが別働隊が待ち伏せてでもいたら、そう思うと額をイヤな汗が流れる。 道標のように転がっていた死体が突如途切れ一瞬道を見失う。だがよくよく見てみれば一帯の下草が滅茶苦茶に踏み潰されている。 本来ならこの場に途切れる事無く転がっている筈の死体が消えていると言う事は、恐らく魔戒天浄で浄化されたのだ、 三蔵を追っていた妖怪共は。だったら三蔵はこの近くに居る筈だと声を出して名前を呼ぶ。 返事が無い。傍若無人に踏み荒らされた草の跡を目で追いながら術の中心地らしき場所を探す。 「三蔵ー!」 何故返事が無いのかと訝しみながら両脚に絡み付く丈の高い草を乱暴に踏みつけて幹の太い樹の裏側に回る。 「さん・・・!」 視界の端に白いものを見付けそちらに脚を向けると青々とした草に埋もれるように三蔵が倒れていた。 「三蔵!」 慌てて走り寄り抱え起こすが三蔵はぴくりとも動かない。 頬にこびり付いた血を指で拭い取ろうとするが既に乾いてしまっていて擦った程度では落ちそうになかった。 だがその血はただの返り血のようで血の下に傷口は見受けられない。 肩に経文は乗っているがここの所の寝不足がたたって眠りこけている訳ではない証拠に見た所怪我は無いようだが酷く顔色が悪い。 「おい」 ひたひたと軽く頬を叩いてみても三蔵の意識が戻る気配は無い。 「おい」 再度呼び掛け、指先に触れる三蔵の頬が冷たい事に気が付いた。 「畜生・・・」 とにかく早い所八戒に診せた方が良いと思い三蔵の懐の銃を探る。 恐らく八戒達も敵を片付けて三蔵を捜している頃だろうから銃声を合図にして呼び寄せようと思ったのだ。 ガチン。 空に向けて引き金を引くと手応えが無い。手元に銃を引き寄せてみれば妙に軽いとは思ったが一発も弾が入っていなかった。 恐らく弾切れを起こして敵を引き付けられるだけ引き付けて一気に魔戒天浄でケリを付けたと言う事だろうと見当を付ける。 こんな事なら三蔵の側を離れなければ良かったと今更ながら後悔した。 俯せに倒れていたのはきっと術を収束した後歩きかけて途中で意識を失った所為だ。 たまたま他に敵が残っていなかったから良かったものの、 ここら一帯の敵を片付けたにしろ俺等が引き受けてた敵の生き残りがふらふらこっちへやって来たらどうするつもりだったんだ。 どうしてこんなにもこいつは無茶をする。 「重てえだろうがクソ坊主」 悪態を吐きながら三蔵を抱え上げる。意識の無い人間と言うのはぐんにゃりとしていてとても重たくて運び難い。 だが三蔵の意識の戻るのを待つつもりはなかった。一刻も早く八戒に診せるには俺が三蔵を八戒の元へ連れて行くしかないのだ。 どうして三蔵を見付けたのが俺だったんだろう。八戒ならばこの場ですぐ「気」を当てる事が出来たのに。 どうして俺は三蔵の背後を守る事を選択せず逆の方向へと走って行ったのだろう。 どうして走り出す前に悟空までもが三蔵の側を離れていると確認しなかったのだろう。 どうして俺は。 どうして。 密生する草に脚を取られそうになりながらも腕の中の意識の無い三蔵を落っことさないよう気を付けつつ必死に元来た道を戻る。 痛くなる程に歯を噛み締めて。 朝焼けの中三蔵が地面に腰を降ろして経を詠むのを眺めた事がある。 冠なんぞ戴かなくとも充分にまばゆいホンモノの金色の髪の上に、経を詠む時は金冠を載せるのだと後で知った。 「経を詠むのは死んだ者の為ではない」と言う三蔵は、では一体誰の為に経を詠んでいるのだろう。 けじめのように被る冠は、わざわざ「死んだ者の為ではない」と宣言する生真面目さと相俟っている。 生きている、明日もまた生き続けなくてはいけない生き残った者の為にあげる経ならばじゃあ三蔵の為に経を詠んでくれる者はいるのだろうか。 生きている者の為に、そう言うあんたは一体誰の為に生きてるの。誰の為にこんな無茶をすんの。 俺の家で八戒の炒れたコーヒーを飲みながらぼうっと座っているのを見た事がある。 金色の髪に窓の外から差し込む光が反射していた。 ふと顔を上げて晴天の屋外を眩しそうに目を細めて見遣る三蔵の方こそ俺には眩しかった。綺麗だった。 いつも三蔵と一緒に居られる悟空を羨ましいと思った。 気高いとか尊いとか。 生臭坊主のくせにそんな言葉だけでは到底言い尽くせない神性を併せ持つ三蔵がその身に神の力を降ろす事が出来るのはひどく当然のような気がした。 「だからと言ってぶっ倒れてりゃ世話ねえんだよ」 消え失せた妖怪達に荒々しく踏み分けられ折れた跡だけをその名残りとして留め頚を垂れる草を掻き分ける。 此の世から綺麗に肉体が掻き消え消滅するなんてカミサマでもなければ出来ないであろう不自然な所業は然し三蔵が成したもので。 その不自然な力は三蔵をも食い荒らすのだと何となく感じていた自分の予測が間違っていなかったと、こんな形で知りたくはなかった。 こんな風に体力の限界が来る迄執拗に命を狙われる坊主なんぞこいつ以外に見た事無い。 食い縛った歯の隙間から絶えず罵詈雑言を浴びせ掛ける。 「てめえはただの人間じゃねえか」 人間の身で妖怪と亘り合うだけでも相当な負担だろうに尚且つこんな風にぶっ倒れる迄弱みの一つも見せようとしない強情っぱりもこいつ以外に見た事無い。 「バカだバカ。てめえはただの大馬鹿だ」 息が上がり始めても口を開く事は止めない。 そうでもしていないと眼から水が垂れてしまいそうだった。 「きんかん」と言う言葉を聞くとどうしても「虫さされにキ○カン」のCMが脳裏を過ぎるのですが。 染みるから小さい子供は嫌いみたいですね。虫に喰われた江流に光明様が 「江流、キ○カンを塗りましょう」 「やだ」 「塗らないとかゆいですから」 「しみるからやー」 「塗った後ふーふーしたげますから大丈夫ですよ」 と言う事があって後に朱泱さんが江流にキ○カン塗った時に何か言いたげにしてる江流に 「?何だ?」 「・・・ふーふーして・・・」 とかそーゆー事があってですね。 33題 |