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黄金
珍しくもすっきり目覚めた気持ちの良い朝だった。 先に起き出していた筈の悟空と三蔵の姿が階下に見えないのを訝しむと散歩に出たらしいですよ、と八戒が告げた。 年寄りくせえ奴ら、と思いはしたものの酔狂を起こして宿の外に歩み出た。 まだ早い時間で空気は冷えていたが今日も快晴になるだろうと思われる雲一つない空からは既に熱を孕んだ強い日差しが降り注ぎ始めていた。 三蔵のヤツは暑いのが苦手だからこの涼しい時間のうちにメシを喰わせておかねえと、 そう思ってそれ迄の目的の無いぶらぶら歩きから生臭坊主とペットの小猿探索へと目的を切り替える。 三蔵は気温が上がって来ると途端に動きは鈍くなるし日が暮れる迄はロクに食い物を口にもしない。 昨日も俺達が昼飯を食っている間中大木に凭れ掛かってぐったりと目を閉じて休んでいた。 俺と悟空が暑い暑いと騒ぐと「煩え」とかぬかすクセに当人は「暑い」の一言も漏らしもしないで、 それでいて一番ヘタっている。 そりゃあ暑いと言われたとしてもジープに冷房を付ける事も出来ないし俺達にはどうしようもない訳だが。 団扇で扇いでやるか街で氷を喰う位がせいぜいだ。しかもその金も三蔵の持っているゴールドカード払いときた。 三蔵はあまり人に心配されるのが好きではないから何くれとなく世話をするのは八戒に任せ三蔵の周りを衛星のようにうろちょろして回るのは悟空に任せ、 俺はそんな二人を鬱陶しそうに睨み上げる三蔵を離れた処から見ているだけだ。 全く三蔵と言うヤツは気難しい。 心配されたくねえんだったら心配せずにいられないような弱い処を見せずしゃんとしてろってのあの坊主。 しんどいと、口に出したりしない限り弱っているウチに入らないと思ってんのはてめえだけだ。 せっせと早起きなんざしてねえで大人しく寝てりゃ良いものをこの上散歩と来た。 バカじゃねえのかてめえ。 悪態を煙草の煙と共に呑み込みながら宿から伸びる名前も知らない大木が両脇に並ぶ涼しげな一本道を歩く。 空気が冷えていてシャツ一枚羽織っただけの剥き出しの腕が涼しくて気持ち良い。 こうやって見知らぬ土地で健康的に早朝散歩なんかしていると自分が旅をしているんだなあ、と言う実感が沸く。 人口の少ない土地らしく地元の人間の一人ともすれ違う事無く乾いた土を踏みしめて進む。 それにしたって三蔵と小猿ちゃんは何処まで行ったのかね、と多少きょときょとと頸を回してみる。 一本道であるとは言ってもうねうねと曲がりくねっている上所々大きく育った街路樹が茂っている田舎道でそんな事をしても無駄だと思うが気分の問題だ。 見知らぬ土地で一体何処まで行ったものか(尤も悟空ならともかく三蔵も一緒だから遠出しても迷子になる事はないだろうが) 目的の人物は未だ見付からない。 ジープ一台が通ったら人間とすれ違う事もままならないような細い道を道なりに進むと不意に開けた空間が眼前に広がった。 埃を立てる舗装されていない道路が唐突に終わっていた。 芝生や雑草が一面に敷き詰められたその場所。 恐らくは半分は人為的に芝生などの種を植えたもので、残りは風に乗って飛んで来た草木の種子が勝手に根付いて芽生えたものだろう。 人の手に依って植えられたものであれば周りを囲われているであろう観賞用らしき、 一本の茎に重たげに幾つもの大輪の朱色の花を咲かせている植物は、 周りを柵で囲われる事も無く適当にぽつぽつと離れた所に自重で根本から殆ど折れるように地面に倒れ伏しながら自生していた。 公園にしようと言い出したヤツがいて勝手に手を加えていたが途中で整備に飽きて放ったらかしにしたらこんな風になるだろうか。 奇妙な空間、と辺りを見渡すように頸を巡らしてみると緑の下植えの奥には妙に静まりかえった池があった。 何とはなしに足を引かれてふらふらとしっとりと濡れた感触の緑の絨毯を踏みしめ池に近付く。 離れていた時は水面をびっしりと埋め尽くしているかに見えたそれは側で見てみれば思った程密生している訳では無く、 重なるように水の上に広がる幾重もの円形の葉の隙間からは幾つもの紅色の花弁の多い花が天に向かいその花びらを開いていた。 人が両手の平を合わせて碗の形に開いたかにも見える花弁の広がり。 強い日差しに焼かれながら徐々に木立の作る木陰の下を離れ池の縁に寄り添うように歩き始める。 コールタールのような昏く沈んだ色を湛えた泥水に何時の間にか宿を出た時よりは随分高い処に登り始めている太陽が輝く。 黄金の色は水中を突き進む事無くねとりと濃度の濃い水面にその姿を映し靴底で踏みしだかれる草に足元がしっとりと水気を孕み始める。 じわりと汗が滲む。 吸い込まれるように覗き込む水の表面は静謐を湛えているのに底の見えない黒い水面に唯一輝く陽の輪郭だけはゆらゆらとさざ波立っているように見える。 そよとも風の吹いていないのに水面が重たげに音も無くのたりと蠢く。 揺れる水面に乱反射している所為か天上に在って俺を焼き付けているそれよりも眩しい程の太陽の光に目が痛くなる。 ぱしゃん。 突然の物音に身体を振るわせて顔を上げれば悪戯な魚が撥ねて作った小さな水の輪が遠くで広がっているばかりだった。 知らず浅くなっていた呼吸に気が付いて大きく背中を反らして深呼吸する。 暑さでぼうっとしていたに違いない。 空気は涼しいが結構な日差しの強さだからな、そう思い頬に落ちかかって来る髪を手の甲で払いこの侭宿に引き返そうかと考える。 「なあ、これって食えるんだろ?寺の池にも一杯あったじゃん」 聞き慣れた喧噪が聞こえて来るのにゆっくりと顔を上げる。 よくよく見てみると池に沿って細く長い川が流れており、 そして川沿いには濃い緑色の葉を付けた樹木が延々と植わっている細い土手があった。 先程俺は草っぱらに足を踏み入れてすぐ池に気を取られて右手に折れた訳だが左手に向かい進んで行けば土手の方に行き当たったらしい。 「バカ猿が。てめえに食わせる為に植えてある訳じゃねえし花が喰えるか」 「ちえー。何も喰うなんて言ってないじゃん」 「大体こいつは蓮じゃねえ。睡蓮だ」 「えっ、じゃあコレは喰えねえの?」 「お前は食い物の事ばっかりだな」 木漏れ日の中を三蔵と悟空がいつもの会話をしながらこちらに向かって歩いて来る。 太陽の光の下三蔵の金色の髪がちらちらと陽光を反射する、別にどうと言う事も無い筈の光景を俺は黙って見つめる。 水面に浮かぶ睡蓮の花を悟空は尚も名残惜しそうに見続けていたがそのうち顔を上げて池に今にも落ちそうな端っこギリギリに突っ立った侭の俺に気が付いた。 目を丸くするのと同時に言葉を発する為に口が開かれる。 「あれー?悟浄?」 その声に悟空の視界に合わせるように伏し目がちに歩いていた三蔵が徐に視線を上げた。 どーしたんだよ悟浄がこんな早くに起きるなんて、と続く悟空の憎まれ口に全自動悪口マシーンのように 「小猿ちゃんの方こそ自分の寝言が煩くて目が醒めたんじゃねえの?」 と意識もしないうちに反射的に言い返すがその間も三蔵から視線を離さない。 三蔵は何の感情も映さない瞳で黙ってこちらを見返している。 「ゴキブリ河童の寝言だって・・・」 悟空が怒鳴り返すが池を挟んで大声で言い合う俺と悟空に興味を無くしたように三蔵がす、と横を向いた。 俺には聞こえなかったが恐らく先に行くとか何とか呟いたのだろう、 躊躇無くその場を離れ歩き出すのに悟空が慌てて後を追う。 その犬っころのような必死な姿に思わず笑ってしまう。 悟空の思考はとてもシンプルだ。何が一番大切か分かっていて、「三蔵が一番」と言う自分の気持ちを大切にする事を第一として行動を決定する。 「羨ましいよなあ小猿ちゃんは・・・」 自分でぽつりと呟いた言葉に思わず頚を傾げる。 羨ましいって何がだ? 俺の事は勿論、悟空でさえ待たずずんずん小さくなって行く背中を見送りながら煙草を銜える。 悟空のような単純バカは気楽で良いって意味か・・・? 煙が目に入りそうになり急いで目を細めると三蔵の隣に並んだ悟空がこちらを振り返った。 「おーい、悟浄ー!早く来いよー!」 ・・・やっぱりそうだ。お子様は悩みが無くて良いって事だな。 両手を上げてぶんぶん振り回す悟空を見て無理矢理結論付ける。 何故かむしゃくしゃしたような気分の悪さが消えないが暑さの所為だと乱暴に思い込む事で答えを先延ばしにしているだけだと気が付かぬフリをして悟空に向かい小さく片手を上げてのんびりと歩き出す。 久し振りに片思いぐるぐるモード。 33題 |