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助手席 おまけ
思い切りの良いスローイングで竹箒が宙を飛来する。 「ぎゃああああっ!」 禿頭が地に倒れ伏す姿を最後迄見る事無く踵を返しその場から走り去ろうとした人物の襟首を捕まえたのは、 中途半端な長さの黒髪を無造作に結わえた大男だった。 「はっ、離せ!」 「お前が二度とこんな事しないと誓うなら離してやっても良いが」 自分の頭より随分高い所から降って来る呆れたような声に必死にもがいてその腕から逃れようとするが着衣が乱れるだけに終わる。 「これで最後だ。だから離せ」 「・・・・・・」 ふてくされたように告げながら小動物のようなその子供が暴れるのを止めたので朱泱はその襟首を掴んでいた手を緩める。 「何故俺の仕業だと分かった」 「あのなあ。他の物ならいざ知らず竹箒なんか投げる凶暴なヤツ他にいる訳ないだろ」 今週に入ってから物陰から竹箒を頭部にぶつけられ昏倒した坊主が二人ばかりいる。 二回共目撃者は無し、よって誰の仕業かも分からぬ侭、被害に遭ったのは要職に就いている訳でもないただの坊主だったので大事にはならず、 然し寺院内ではひそひそと3度目の襲撃があるのではないかと噂になっていた。 「あいつらが言った訳じゃないのか」 子供──江流は着衣を直しながら少しばかり眉根を顰めた。 他の誰にも自分の仕業だとバレていないその事を、朱泱は自分以外の人間がする筈がないと見抜いていたと告げたのだ。 「あ?ああ。それより当たり所が悪きゃ死んじまうからもうすんな」 「当たり前だ。殺すつもりでやったんだ」 「・・・おい?」 冗談でも寺でそんな事言うな、苦笑と共に咎めようとした朱泱は江流の横顔を覗き込んで続く言葉を舌の上で止めた。 「だが竹箒じゃ威力が足りなかったようだ。・・・心配すんな、もうしねえよ」 硬い表情の朱泱に江流は素っ気無く言う。 「いや、そうじゃなく・・・江流お前・・・あいつらと何が」 昏倒した坊主の叫び声に人が集まりつつあるその場所をさりげなく離れながら朱泱が問うと、 朱泱に続くように江流も歩きながら口を開いた。 「この前」 地面を見ながら江流は「あそこの葉っぱは菜園から種が飛んで来たらしいが大きくなる前にバカな坊主が雑草と間違えて抜いちまうんだろうなあ」 などと考えていた為歩くのは自然とゆったりした速度となる。 「あいつら3人がかりで・・・」 あいつら、と言うのは被害に遭った坊主共の事だろうと朱泱は察する。 江流は言葉を選ぶ為暫し黙り込んだ。犯されかけたのはともかくその侭反撃も出来ず逃げ出したとは例え相手が朱泱でも言い出し難い。 油断していて人のいない部屋に引きずり込まれたと言うのもみっともなくて告げるのは憚られる・・・ そう考えていた江流は、あの時自分が鼻っ柱を殴った坊主Aが鼻血を吹いた為翌日「布団部屋に血痕が!」 とちょっとした騒ぎになっていた事を知らなかった。 自らの影を小さな足で踏みながら下を向いたきり視線を合わせようとしない江流が言い淀むのを見て、朱泱はある考えに到達した。 「江流、お前・・・っ!」 思わず目の前の小さな子供の肩を乱暴に掴む。 びくりと、大きな菫色の瞳が見開かれ掌の下の薄い肩が跳ね上がるのに朱泱の方が驚いて直ぐ様その手を離した。 その反応に自分の推測が間違っていなかった事を苦く確信しながら朱泱は眼前の光明三蔵法師の愛弟子の姿を見つめる。 光明三蔵法師が自らの衣服を冷たい冬の河の流れにぐっしょりと濡らしてこの子供を拾って来た時から面倒をみていた。 時にはオムツを変えてやったりした事もある、何時まで経っても自分にとっては小さな子供でしかない江流は、 今だってほんの子供でしかない証拠に背も随分低いし子供特有のひょろひょろした細い手足をしている。 だが、見る者が見れば江流は確かに随分と美しい容姿をしているのだろう。 心ない者に力づくで踏みにじられる、そういう対象となり得る程に。 「・・・分かった。俺が何とかする」 「あ?ああ・・・」 突如大声を出されて吃驚したがともかく朱泱には自分が隠そうとした事は(詳細はともかく)ばれてしまったのか流石朱泱だな、 と少し照れくさく思いながらも感心し江流は遠ざかって行く朱泱の大きな背中を見つめた。 数日後、坊主A、坊主B、坊主Cは破門を言い渡され寺を降りる事になるのだが後に三蔵法師となる江流はその坊主共のその後を思い出す事は二度と無かったのであった。 本当は「助手席」の中に入れたかったんですがコレ入れちゃうと話が助手席からどんどん遠ざかってしまうので・・・(苦笑)。 33題 |