アイのメモリー
悪魔の化身ども、玄奘三蔵一行の元へと熱に浮かされたように脚を運べば村では会った事の無かった同類達が大挙して集まっていた。
地獄の番人が持っているような「今時何処に売ってんだよ」と問いたくなるような棍棒を得意気に肩に担ぐいかつい姿を見ても滑稽に思う気持ちは起きなかった。
何故自分がそれを手にしているのか分からぬ侭、
棍棒男から見れば華奢に見えるであろう不思議に手に馴染んだ彫刻刀を握り締めて一体何処にこれだけの妖怪がいたのだか訝しむ気も起きぬ侭逸る気持ちを抑えて、
手持ち無沙汰に待っていればそこに奴らは到着した。
銃声。
血煙。
浮浪者のような薄汚れた格好の隣に立っていた男が薄気味の悪い悲鳴を上げても高揚した脳は俺だけは死ぬ事はないのだと無責任に俺を囃し立てる。
さあ、行け。
行ってその刃をあの紫色の瞳に突き立てて流れ出る鮮血をこの口内に啜り上げるんだ。
生まれてこのかた上げた事のないような奇声を発しながら腕を振りかぶる。
が、振り下ろす筈の肘から先の感覚が次の瞬間には消えていた。
「あああああああっ!」
俺の浮かれていた気分はすっ飛んで行く自分の腕を見る事で綺麗に消え失せた。
元々意気地なしだった俺が次に選択した事は、死んだフリをしてその場に倒れ伏す事だった。
何やら分からないモノが飛んで来ては背中にぼすんと当たったりして気持ち悪かったが必死に叫び声を殺して縮こまっていた。
「あーっ、動いたらハラ減ったー!」
「次の街はそんなに遠くない筈ですよ」
「やっりー!」
これだけ多くの妖怪を惨殺した後だと言うのに意気揚々とおしゃべりをする声を聞いて、 矢張りこいつらは悪魔の化身なのだと確信した。
そんなヤツラに遭遇した時無力なモノに出来る事と言ったら精々体を小さくして災厄が去るのを待つだけだ。 傷口は焼けるように熱く流れ出す鮮血が俺の伏している地面にどす黒い血溜まりを作っていくのに早く止血をしなくてはと頭の中では悲鳴を漏らしながらもヤツラの乗った車のエンジンの音が段々と遠ざかり、 もう絶対ヤツラが帰って来ないと確信が持てるまで俺はその場に伏した侭動く事も出来なかった。
切り取られた腕に走る激痛を声を立てずに耐え、自らの不運を呪い涙を流しながら漸く顔を上げてそこに生きているのが自分一人であると知った時、 不思議にそれまでの脳に靄の掛かったような感覚は消え失せていた。
自分の服を破いて適当に止血をして平野を彷徨い歩き、正気を保っている妖怪の女子供の隠れ住んでいた小さな集落を発見した。
そこで傷を癒しながら数年暮らした。
細工物を作って生活していた俺の器用な指は永遠に失せてしまっていたが、ある日思い切って遠出して人間の暮らす街へと出向いた。 勿論妖怪力制御装置は嵌めていたが。
妖怪らしい取り柄など碌に無かった俺でもそれでも並の人間よりは多少力があったので農家の手伝いの仕事を見付けた。 片腕を失くした俺を街の人間は気遣ってくれた。 程なく俺はもう綺麗な髪飾りを拵えてやる事も出来ない俺に度々昼飯を作ってくれていた小柄な人間の女の子と結婚した。
子供が産まれたのは穏やかな春の日だった。
おぎゃあ、おぎゃあと言う泣き声が聞こえてきて暫く経ってから産婆が扉を開けて「男の子だよ」と笑って告げた。
片腕でそうっと抱き上げた俺の子供は、俺の片腕を切り取った男と同じ色の髪をしていた。