それはいつもの
風で吹き溜まった黄砂の小山を乗り越えた処でがくんとジープが傾いだ。
飲み込むようにタイヤをめり込ませる砂漠のただ中、
常よりは随分と低速で走行していたジープだが思いがけない傾斜に車上の人物達はシートの上でバランスを崩す。「・・・・・・っ」
拍子に、頭からすっぽり被っていたマントが肩から滑り落ちるのに、 太陽を遮るものが無くなった事で眩しそうに三蔵は手を翳す。
「アンタはマント被ってなくても良いんじゃねえの?暑いだろ、ソレ」
暑苦しさに閉口しつつも強い日差しに眼を細めた三蔵がのろのろとマントを被り直すのに後部座席から悟浄が声を掛ける。
「駄目ですよ。砂漠では皮膚から水分が蒸発するから暑くても我慢して下さいと言ったでしょう。忘れたんですか」
「でも三蔵は元から結構着込んでるじゃん」
ハンドルを握った侭振り返る事無く八戒が注意するが、悟浄の言う通り三蔵は元より殆ど皮膚を晒す事のない法衣を身に纏っている。
「こんな直射日光の強い処じゃ日射病も心配ですし、太陽の光が目に痛いでしょう」
「いいじゃんよ。運転してるお前ならともかく三蔵が目が痛かろーが何だーが」
「・・・・・・」
バカじゃないだろうかと八戒は思った。
否、バカは言い過ぎにしてもあの派手な赤い髪の生える頭は本当にツンツンとした活きの良い赤い触覚を生やすだけの培養地でしかないのではないか、 そう思った八戒は自分の思考が「バカ」と短く一言言うより酷い事に気付いていない。
それはともかく最初は三蔵が暑さにやられる事を心配するような事を言っていたクセに何時の間にか「三蔵はどうでも良い」 と言う結論になっている。
暑そうだと言われても迷惑そうに眉間に皺を寄せていただけの三蔵は悟浄の台詞の着地点が最初と180度違ってしまっている事には気付いていた、 勿論。元より膚を焼く熱砂に御機嫌とは言い難かった表情を更に不機嫌なものにし、 然しバカは放っておくに限るので無視を決め込むつもりでいた。
悟浄が再び口を開く迄は。
「あー、そっか。蒸れるとハゲるって言うしい〜、やっぱ三蔵はンなもん被ってない方が良いっしょ」
「誰がハゲだ」
「ほら、気にしてんだろおが〜」
「・・・・・・死ね」
短く呟き振り返るが早いか座席にざっと足を乗せ三蔵は銃を乱射する。
「当たる!この距離は当たるって!」
「殺すつもりなんだ、当たって当然だろうが!」
「腹減った〜」
「ああ、今日も平和ですねえ」
「平和じゃねえっつうの!」
小さなオアシスでその日は旅程を止める事に決め、僅かばかりの枯れ枝を拾い集めた八戒が火を熾し簡素な食事を済ませた。
食事が済んでも出掛ける場所もない、退屈なTV番組を見る事も適わない砂漠のただ中、 4人共が腰を降ろしたきりでだらだらと話し続ける。それはあながち暇潰しの為だけと言う訳ではなく、 日が沈んでから急激に気温の下がる砂漠では火の側を離れ難いと言う理由からでもあった。
「・・・でさ、そん時のおっさんの顔!」
「それは以前聞いた」
大袈裟な身振りで悟浄が話すのを三蔵が不意に遮る。
普段は悟空や八戒のように「へえ、それで」 と合いの手を挟む事もない、人の話なんかちっとも聞いてなさそうな顔をして三蔵は案外ちゃっかり小耳に挟んでいる。
「ああ?」
「同じ話を何度もするんじゃねえよ。ボケの始まった年寄りでもあるまいし」
眉間に皺を刻み心底呆れたと言う表情を浮かべる三蔵の態度に悟浄は当然気を悪くする。
「年寄りはてめえだっつうの。同じ新聞朝から晩まで何回目を通せば気が済むんだ。 大方読む端から中身忘れて何度も読み返してんだろうが」
「バカかてめえは。読むもんがねえから読んでるだけだろうが。 何だったらてめえが砂漠の端まで走って行って新しいのを買って来やがれ」
「んなもんてめえで買いに行きゃあ良いだろうがっ!」
「・・・二人ともよくあんな一日中喧嘩してて喧嘩の種が無くならねえな」
「まあまあ。それだけ二人とも退屈してるって事ですよ」
そうだ、と悟浄と三蔵の怒鳴り声が切れた瞬間を見計らって八戒がぽん、と両手を合わせる。
「何もする事がありませんから、順番に話をするっていうのはどうです?」
「話?」
「ああ?」
「そうです。怪談とか。僕、良い話知ってますよお」
ふふふ、と八戒が笑うのに悟浄と悟空はひっしと寄り添う。
「てめーの怖い話はマジシャレんなんねえからイヤなんだよ!」
「三蔵っ!」
うんうん、と頷いて悟空が三蔵に助けを求める。
「何だ。言って良いのか。そこに」
と言って三蔵は誰もいない空間に視線を漂わせる。
「「ぎゃーっっっ!!!」」
「今更だろうが。こんな砂漠、行き倒れになったヤツの100人や200人は」
「100・・・?」
「200・・・・・・?」
今度こそ絹を裂くような金切り声を上げる仲間にまあまあ、と八戒が声を掛ける。
「まあまあ、じゃねえだろうが!元はと言えば」
「そーだよっ!怖い話しようなんて八戒が・・・」
「僕が・・・何です?」
にっこりと、八戒は相変わらず笑顔を浮かべた侭であったが必死に悟浄と悟空は頚を振る。
「んーん、なーんでも!」
「そうそう、空耳!」