Ambroise
悟浄と三蔵とが何時の間にか想いを通じ合わせているとうっすらと気付いた時には驚きもしたが、
同時に何とはなしに納得もしたのだ。
寄ると触ると喧嘩ばかりしている二人だが、 三蔵が僕達から少し距離を置いた所で煙草を銜えている時には大抵悟浄もそのうち僕達の側を離れて三蔵の傍らに寄って行く。 近過ぎず離れ過ぎずの適度な距離を保って立っている二人の間に会話が成立しているのかは聞き取れない位の場所で。 あれだけいつもぎゃあぎゃあ言い合っているんだからわざわざ近くに行かなくたって良さそうなものだと思うが、 二人きりの時は案外あの二人は静かにしている。 悟浄が三蔵のあれあこれやを事細かにあげつらって面白可笑しく話のタネにし揶揄するのは要するに、周りの目を気にしての事、 或いは場を盛り上がらせる為のネタにしているだけで、 場を賑わしくする必要のない、静寂を好む三蔵の傍らにいる時は殊更に面白可笑しい話をする必要もないし、 面白可笑しい話で場を盛り上げる為に当の三蔵にちょっかいかける必要もないと言う事なのだろう。
その事を、悟浄が煙草を言い訳にして三蔵の側に身を置いている事に気付いているのだと、 早い段階から悟浄に告げていたらどうなっていただろうかと、時折考える。
あれで見栄っ張りと言うか意地っ張りな所のある悟浄は、今でも三蔵を遠くに見ながら僕達の傍らで三蔵の好みやクセの事を、 ああだこうだと語り続けていただろうか。 その場にいない三蔵の事を口に乗せなくとも他にも話題はあるだろうにと、呆れたような悟空の視線にも気付かない侭に。 視線だけは不自然な程に三蔵の方に流しながら、それを僕達に気付かれてはいないと信じた侭。
本人が無意味なお喋りだと信じているその口先から大切な人の名前が絶える事なく流れている事に、本人だけが気付かない侭。
それも面白そうですけどちょっと可哀相ですねえ、思いながら下準備の終わった野菜を鍋に放り込む。
きっと僕や悟空の目を気にした悟浄は三蔵へのアプローチがし辛くなるだろうし、 悟浄からの熱烈なアプローチがなければ三蔵が落ちる事もなかったと思うのだ。
だって三蔵はそう言った事には酷く鈍そうですし、ねえ。
「キュ?」
小さく鳴くジープの声に、自分が思考を口に出してしまっていた事に気付いた。
いけない、何処から声に出していたのだろうか。
ちら、と顔を上げてみれば少し離れた場所で大木にもたれ掛かって俯いている三蔵を、 腰を屈めて悟浄がその表情を伺い見ようとしている所だった。
三蔵は小柄な方ではないが、三蔵が俯いてしまえばその三蔵よりも尚長身な悟浄は腰を屈めなければ三蔵の表情を伺い知る事は出来ない。 そうまでして三蔵の様子を窺おうとする事情には、心当たりが無かった。 怪我をしても人一倍意地っ張りなあの二人はその事を僕達には内緒にしようとするが、 ここ数日の二人の動向に痛みを押し隠しての不自然な素振りは見られなかった、と思う。 取り敢えず僕の気付く範囲では。
つまり、悟浄のあの態度は悟空と僕の存在を忘れきっているか、そうでなければ相も変わらぬ痴話喧嘩だろう。
「悟空、火を熾すんで悟浄にライターを借りて来てくれませんか」
ジープとじゃれていた悟空にそう告げてみれば、ぱっと身を翻し二人の間に割って入って行く。
本当はライターを借りに行かずとも、ちゃんとマッチを常備している。当然の事だが切らすようなヘマだってしてはいない。
まあ、これ位は許されるだろう。