夜の街、そして
初めて会った時はいけすかない野郎だと思っていたが猪悟能改め猪八戒と居を同じくするようになり八戒と一緒に寺を訪問するうちに、 口は悪いがまあそれ程毛嫌いする程でもないんじゃねえの、と思うようになっていた。
金色の髪の最高僧。
箱入りなんじゃねえかと思ってたのに意外な事に雑学博士かっつう位色々な事を知っているし (と、八戒に告げたら「雑学だったら負けませんよ」と妙な敵対心を燃やしていた。 まあ生きる事を放棄していたようなアイツがそうやってムキになれる事があるんだったら良い事なのだろう) 一つの考え方に固執しがちな俺や八戒と違って物事を多角的に考えるからヤツの言葉は何時聞いても意外な発見があって面白い。 酒場に連れ出すのにもあの法衣を着込んで来るのだけはマジカンベンしてくれよ、とは思うけど。 金髪ってだけでも相当目立つのにこんな灯りの控えめな店の中で尚白く浮き上がる法衣。 まるで白のロングドレスでステージに立つ歌姫みてえだしその格好だけは止めて欲しいと思う。 三蔵の姿を隠すように奥の席に押し込み酒を頼む。
「何か食う?」
「いや・・・」
「ソラ豆があったら喰いてえな」
「そうだな」
珍しくも三蔵が素直に同意する。
「ね、悟浄」
「あ?」
頼んだ訳でもなかったのにテーブルの横に立ち声を掛けて来たのは木蝶だった。 地方出身の笑顔の可愛いちょっとどんくさい子だ。 ベビーフェイスに良く似合う長いふわふわした黒髪を揺らして木蝶が三蔵に向かいにっこり笑い掛けるが最高僧様は無視。 それを気にした様子もなく木蝶は立ち去る気配が無い。
「ごめんね、邪魔しちゃって。今度店を辞める事になったから挨拶だけでもと思って」
「へえ。引き抜き?」
木蝶の取り柄は何と言ってもグラマーな事だ。巨乳バーにでも行くんかなーと思いつつ 「木蝶はカワイイから」なんて言葉を続けると木蝶はふっくらした頬をきゅ、と笑みの形にして否定した。
「子供が出来たの」
「へえ。それはオメデトウ」
こんな酒場で働いてる子のパターンとして子供が出来た事を喜ぶ場合と喜ばない場合がある。 木蝶の誇らしげな表情は前者だったのであっさり祝福の言葉を述べる。
「でね、ちょっと話があるんだけど」
おいおい。
ケッ、と聞こえよがしに三蔵が口を開く。俺の子じゃねえよ。第一俺は木蝶と寝た事が無い。 俺はカワイ子ちゃんタイプより美人タイプが好みなのだ、雨の日に拾った翠色の目をした美人を持ち出すまでもなく。
「こ、ここじゃダメ?」
「ごめん、ちょっとだけだから・・・」
ひらひらと太股のトコロで揺れる、黒髪に良く似合う水色のオーガンジーのワンピース。 きらきら光るラメ入りのパウダーをはたいた剥き出しの肩。桜色のルージュを塗った唇を僅かに突き出しておねだりする姿。
「行って来い」
酒の入ったグラスを片手に俺の方を見もしないで三蔵が宣言する。ああ、こりゃ絶対誤解してんな。
「わーった・・・。すぐ戻るから」
小さく溜息を吐いて席を立ちながら告げるのに三蔵は俺を一顧だにしなかった。



「んで?話って?」
銜えていた煙草の終わった後にもう一本新しい煙草を取り出そうとして思い止まり、 木蝶の後を附いて歩き店で働いている女の子用のロッカールームに連れ込まれ扉が閉まるが早いか訊ねた。
「・・・・・・」
「・・・もしかしてアイツの子じゃないとか?」
くるくるの髪を頬の横に垂らして少し俯く木蝶にヤバイ雰囲気を感じながらわざと俺は軽い口調で話す。 木蝶の恋人はこの酒場にも良く顔を出す栗色の髪のヤツだった。確か俺と同じでロクな仕事にも就いてなかった筈だ。
「ううん。カレ、結婚しようって」
もじもじと言う木蝶に他人事ながら安堵する。
「それでね、マトモな仕事見付けるからって」
「そりゃ良かったじゃん」
「うん」
ノロケかよ!
別に別室に呼び出す程の話じゃねえよなあ。「あ、それでね、これ指輪」といそいそと取り出す姿を見ながら考える。 あの金に困ってそうなヤツが指輪?もしかして指輪を贈ったは良いが出産費用が足りなくなったから用立ててくれと言う事かも知れない。 うん、きっとそうだ。
「マタニティドレスとか、ベビー用品とか足りそう?」
目出度い事だしご祝儀にかこつけて幾らか渡してやろうと尻ポケットの財布を探りながらさりげなく話を切り出す。


ガシャーン!
ガタン
どかっ
ゴトッ!


「・・・何だあ?」
突如店の方から聞こえて来た騒音にポケットに突っ込んでいた手を取り出してドアを開けようとすると俺の腕に木蝶がしがみついて来た。
ああやっぱりちょー柔らけえ胸。
そうじゃなくて。
「ちっと様子見るだけだから」
どうせ酔客同士の喧嘩だろうが三蔵を残した侭なのだ。まあ巻き込まれたりはしていないだろうが。
「ダメッ!」
「いや、だいじょーぶだから」
「行っちゃダメッ!悟浄!」
甲高い声で必死に制止され、思わず木蝶の顔を見返した。
「・・・・・・なんで」
「・・・ご、悟浄と一緒にいたあの人・・・」
ワケが分からず訊ねるのに何故か木蝶は言い淀んだ。
「ヤツがどうしたって?」
木蝶がびくりと肩を竦めるので自分がマジな顔をしてしまっている事が分かった。 喧嘩相手ならともかく酒場の女の子にはそんな表情見せた事無かったっけ。ほーら、こわくないコワクない。唇の端をに、と上げてみせる。
「ん?どした?」
人妻候補にだって俺のスマイルは効く筈だ。目元も和らげ重ねて訊ねる。
「あの、あの人。金髪、ホンモノで」
「・・・まあな」
唐突に吐き出された言葉に俺は盛大に脱力する。ナニナニ?スカウトでもしようとしてたのか?あの坊主を? あの法衣で夜の酒場で働く姿には一部のヘンな趣味の奴らは興奮するかも知れないが生憎ヤツが金に困っていると言う話を聞いた事は無い。 大体ココはそういった奴らの来る酒場じゃない。 もしかして木蝶の恋人が手っ取り早く金を稼ぐ方法としてスカウトの仕事でも始めたのだろうか。
「めっ、目立つし、目の色も変わってるし」
いやまあ、そりゃそうだけど客商売向いてねえぞアイツは。
「それで?」
「胡さん達が」
「胡?」
俺の金ヅル。俺のカモ。少しの酒ですぐ顔が赤くなって耳まで真っ赤にするが実は大して酔ってない。 酔ったフリしておネエちゃんの尻とか胸とかウインナーのようなむちむちの太い指で撫で回す女の敵。 いつも5、6人で連んでいるあのガラの悪いチンピラどもが三蔵を気にしてる?まさか「その髪はホンモノですか染めてるんですか、 いやホンモノでしたかこりゃどうも失礼」とかって訳じゃあないだろう。 つうかそれなら俺がいる時に声を掛けたって良いだろう。
「身なりも良さそうだし」
しゃくり上げながら木蝶が何とか吐き出した言葉に納得する。 三蔵は見た目だけなら華奢で軟弱な優男だ。ちっとビビらせて小金でも巻き上げてウサを晴らそうとでも思ったんだろう。
・・・アホどもが。
「ナルホド」
俺の腕を掴んだ侭床にぺたりと足を着けて座り込んでしまった木蝶の腕を解いて立ち上がろうとする。
「ダメエッ!」
いや、俺実は結構喧嘩強いし。
「だいじょぶだって」
俺の事心配してくれてんのは分かるけど胡のクソったれがいつも博打で俺に負けている腹いせとでも思っているとして、 万が一俺が喧嘩に弱かったとしても、だからと言って何で連れが絡まれてると知って逃げ出せると思うんだ?
しがみつかれるならこんな場面じゃない時の方が嬉しいのにーと思いながら名残惜しく木蝶の胸に触れている腕を引き抜く。
「ごじょ・・・、・・・うっ!?」
「へ?」
突然、木蝶が腹を抱えて呻き出した。





店内に駆け込んだ時三蔵は床に横たわる胡の顔の上に足を載せていた。っつうか踏んでたんだなアレは。ぎゅうむ。 前歯を叩き折られ「はひぇ、はひぇっ」なんておかしな声で助けを求めていたヤツの存在と床でぴくぴくしている取り巻きは無視して俺は叫んだ。
「さんぞー、助けてくれっ!」
結果として店内に助けを求めて走り込んだのは間違ってはいなかったがその相手が三蔵だったのは間違いだった。 俺だってその時は動揺していたんだ。
「木蝶が腹抑えてて、赤ちゃんがっ!」
俺の台詞を聞いて三蔵は眉間に皺を寄せ、何とも表現し難い顔をした。 当たり前だ、だって三蔵は坊主であって医者でもなければ産婆でもない。 こんな時男なんてパニクるばっかりでちっとも役に立ちはしない。
いち早く我に返り俺を突き飛ばして走り出したのは店の女達だった。







「木蝶ね、何とか持ち直したってさ」
「俺には関係ねえな」
寺の執務室で面白くもなさそうに煙草を銜える三蔵に後日談を語って聞かせるが三蔵は言葉だけでなく本気で関心がなさそうだ。
「ひでえなあ。アンタの所為で俺あの店当分出入り禁止なのに」
俺の言葉に三蔵がぴくりと僅かに反応する。 やっぱり誤解してたんだ、俺がアイツらとグルんなってアンタをあの店におびき出したんじゃないかって。 っぶねー、顔出しに来て良かった良かった。あんなアホ共と連んでたんじゃないかなんて思われてたっつうのもムカつくが。
「あんた滅茶苦茶酒瓶割ったしグラス割ったしその上椅子まで叩き壊しただろ」
三蔵の武勇伝はバーテンダーが教えてくれた。あんな物騒な人二度と連れて来ないで下さいとの懇願付きで。 椅子の脚を肋骨に叩き込まれたヤツは全治二ヶ月だそうだ。
フン、と鼻で笑って平然と三蔵は答える。
「ああいった輩は少しずついたぶるより一気に力の差を見せつけてやった方が良いんだよ」
嘘吐け。アンタが短気なだけだろ。
「サド」
「じわじわいたぶるのが好きなのか。このヘンタイ」
「アンタね・・・ああ、あの店料理美味いし女の子は可愛いし気に入ってたのに」
「そんな大層なもんじゃなかったろうが」
「冬場に出る牡蠣のオムレツはメチャウマだったの!」
必死に言い募る俺に三蔵は口の端を僅かに上げて笑った。
ああ、タチ悪ィ。
そう思いながら冬迄に出入り禁止が解けてくれたら良いなと俺は小さく溜息を吐いた。

木蝶は「ムーティエ」と読みます。姓は谷。「タニノムーティエ」・・・アホで済みません!!

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