錦秋
「どうして光明様はあのような何処の馬の骨とも知れぬ子供を育てていらっしゃるのだろう」

密かに、或いは俺に聞かせる意図を持って坊主達の間で語られる言葉。
そんな事当の俺が知りたかった。


金山寺は名前通り山の中にあったので食料は畑で作った野菜の他に山の実りを収穫する事によっても得る事が出来た。 その日俺は典座の当番の坊主に茸を採って来るよう命じられ藤で編んだ背負い籠を背中に寺を出て山の斜面に向かった。 茸の生えていそうな辺りと採って来るべき茸の種類を教えられ、「斜面が急だから気を付けろよ」の見送りの言葉と共に。
教えられた通り多少は人の踏み荒らした形跡のある箇所を発見し其処から斜面を降りようと脚を踏み出す前に、 結構な量の苔が生えていて足下が滑りそうだと下ばかり見ていた。
どん、と。
軽い衝撃と共に体勢を崩し踏み出すのを躊躇っていた苔の上に慌てて一歩踏み出す。 それは正解ではなかったらしいと草履の下でずるりと厭な感触と共に踏み締める為に前に出した足が滑るのを感じながら悟った。 脚だけが先へ先へと進む中身体が置いてきぼりにされ斜面に尻餅を着きそうになる、が藤籠がつっかえて地面に尻を着く事は無かった。 変わりにおかしな風に身体が撥ね藤籠が激しく背中に当たる。咄嗟に身体を横転させ右半身を地面に着けるようにし必死に指先で掴まるものを探す。 ぶちぶちと短く草が千切れて行くのに今度は指先を地面に突き立てて土を掻く。
「クソ・・・」
がりがりと厭な手応えを幾度か指先に覚えた後漸く斜面を滑り落ちる動きが止まり足場を爪先で探りながら顔を上げた。 自分の降下した道筋に沿って滅茶苦茶に潰れた草を目で辿る。直線距離にしてみればせいぜい5、6メートルと言う処だった。
誰もいなかった。
無様な格好を晒した俺を嘲笑う声も降って来なかった。だが突き飛ばされたのは確かな事だった。 今姿を現さないと言う事は誰がやったか知られたくないと言う事だろう。
小さく溜息を吐きながらゆっくり起き上がった。全身泥や草の葉だらけの酷い有様だった。 背負い籠が無事な事と自分の身体が動く事を確かめて当初の予定通り茸を採りに足下でかさかさと音を立てる草を踏み分けて歩き始める。 誰の仕業かなど突き止めるつもりもなかった。どうせ寺の坊主共の中の誰かだ。 何時人目に付くとも知れぬ境内で絡んで来るのよりは随分と陰湿なやり方だったが。
暴力に怒りを顕わにしたり、ましてや泣いたりなど死んでもしてやるものかと考えながら目当てのものを発見し背中の籠を地面に降ろす。 俺はあんな坊主どもに屈服する訳にはいかないのだ。
「お友達とお寺巡りですよ」
と言ってお師匠様がお出掛けになったのが4日程前。
お師匠様のいない隙を狙って、姿形も見せず襲い掛かるようなヤツになど俺は負けたりしない。
きんしゅう、と言う単語をお師匠様が教えてくれた。寺の庭で夕陽の暮れかかる中煙管をふかしながら。
「見事ですねえ」
と感嘆に目を細めながらお師匠様がおっしゃるのにその傍らで
「はい」
と答えたのは確かに俺だった。
だが今俺は辺りの景色に一顧だにくれる事なく黙々と冷たく柔らかい茸を籠に投げ入れて行く。 こんな山中に在るにも関わらず三蔵法師がいるからか金山寺に在籍している僧は割に多い。 そして寺の夕餉の時間は早い。夕餉の支度に間に合わせる為にぶちぶちと無言で茸を収穫する。 俺が泣きべそをかいて空の籠と共に寺に戻って来ると思ってたんなら期待ハズレも良い処だ。
泥で汚れた手を幾度か音を立ててはたいてから籠を背負うとずしりと重かったが脚に力を入れてしっかり地面に立つ。
「ザマアミロ、だ」

食欲の秋。(←違いますから)

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