battle
まあ要するに恋人を賭けた決闘のようなものなのだ。三蔵を護れるのなら俺は死んだって構わないし、もし三蔵が死んだら三蔵を殺したヤツを殺す事さえ出来れば俺は死んだって構わない。
なんて青臭くて直情的で盲目的な、愚かな恋。
だって三蔵はこの桃源郷のほぼ全ての妖怪から命を狙われていて、 例え三蔵が100人いたって全ての妖怪の望みを叶えてやるのには全然足りないのだ。
てめえの命くらい張る覚悟がなきゃ、三蔵を望んだりはしない。
と、言うのはウソで。
何も最初っからそんな覚悟を決めてた訳じゃない。
三蔵があまりにも自分の身を顧みないから、せめて俺が三蔵の分までアイツの事を大切にしてやろうと思ったのだ。
そう、三蔵のヤツは自身の事を大切にしていないと言って良い。
自分が死んだらこの旅はその場で即解散だ、と口に出して言われた事こそないが、何時言い出してもおかしくない。 妖怪どもが狙っているのは三蔵の経文だが、経文を手に入れたら三蔵を放り出してくれるかと言ったらヤツラにそんな気持ちは毛頭なく、 「不老不死伝説」を持つ三蔵の肉体も狙われているのはご同様の事だった。
だからと言ってあっさり妖怪どもに殺されてやるつもりは勿論なさそうだが、 三蔵のヤツは自分の命よりも経文の方を重いものだと考えている。確かに凄い力を秘めてはいるが、 俺に言わせてみれば経文なんざただの紙っきれだ。
そんなもんより、ヒト一人の命の方が大切なんだと、俺はあんたに教える事が出来るだろうか?
まるで軽やかな猫のような動作だった。腕を振り上げて俺の上体を狙っているような体勢で突っ込んで来て、 素早く腕を下ろしてナイフをしゃっと横凪ぎにする。脚に怪我を負ったと気付いたのは、そいつが飛びすさるように俺から離れてからだった。 脚の傷と言うのは厄介だ。痛みが邪魔をして動作が緩慢になる。 再びナイフ使いが突っ込んで来るのにぎこちなく動く俺の脚は思った程の速度で俺を逃がしはしなかった。 先程と同じ脚に再度ナイフで切り込みが作られる。
悲鳴は上げなかった。悲鳴を上げるヒマさえ惜しかった。
二度目に喰らった傷も大して深くはなかった事から、 致命傷は与えずにタッチ&アウェイでじわじわと相手を追い込んで行くタイプだと瞬時に見抜いた。 ぐっさりと突き刺すのではなく素早く切り刻んで踊るような足取りで飛びすさる。 深くナイフを差し入れないのは、ゆっくりと刃先を筋肉に突き入れている間にも反撃を喰らうかも知れない事を知っているからだ。 正気だった頃はコイツも場末のどうしようもねえチンピラだったんだろう。
思った通り、数度のフェイントの後三度ソイツが襲い掛かるように接近して来る。 逃げようとしたが脚が上手く動かなくて失敗したフリをしながらわざとゆっくりと後退して三度、同じ方の脚に傷を喰らう。 そしてそいつが後退するよりも前に密かに構えていた錫杖の柄で頭をブン殴る。 体勢を崩した処に錫杖を回転させた勢いで月刃を胴体に叩き込む。いたぶったりはしねえで一撃で身体を二分させる。 折角俺の間合いに入り込んだのに、 自分可愛さでチクッと刺しては安全圏に逃げるなんてちまちました闘い方をした事を後悔するヒマもなかったろう。
「ク、ソ・・・」
脚の傷と言うのは本当に厄介なのだ。錫杖をぶん回す為に脚に力を入れれば傷口から血が噴き出すし。 一体片付けてお終いならそれでも問題はねえが、生憎まだ生き残りがいやがるし。
錫杖を片手で持って辺りを見回す。
さて、どいつから切り刻んでやろうか?
「悟浄っ!」
TV番組のヒーローみたいなタイミングで悟空がこちらへ走って来る。 何時の間にか、残りの敵は随分少なくなっていたらしい。何と言うか、悟空のヤツは金鈷が外れて「斉天大聖」化する度に、 見る度に凶悪さが増しているようだが、その後、元に戻った悟空の方も以前よりは強くなっている。 本人に自覚があるかどうかは分からないが。
まるでそこら辺に突っ立ってる棒っきれを倒しているかの如きあっけなさで、悟空の如意棒が妖怪をなぎ倒して行く。
「おーおー、お猿ちゃんたら張り切っちゃって」
煙草の吸い殻をぺっと吐き出して地面に落とす。
口ではそう茶化しながらも、内心では正直、悟空の強さに感嘆していた。
実は俺と三蔵はラブラブなんですよー、とこの三蔵大好きの小猿に白状した日には殺されてしまうかも知れない。
そんな事を考えながら新しい煙草を取り出した時、八戒が側に近付いて来た。少し遅れて、三蔵も。
「悟浄、怪我をしてるじゃないですか」
「あー、ちょっとな」
「治癒しますから座ってください」
「・・・・・・」
「悟浄?」
「あ、ああ。頼むわ」
俺の怪我に気付いた三蔵は、一瞬表情を強張らせ、そして次の瞬間顔を背けた。
何だか最近こういう事が増えている。
俺の気の所為でなければ、多分悟空が三蔵の腕の中で血塗れで倒れていたあの時以来。
てめえが死ぬ覚悟なんてとっくに出来ていた筈の三蔵が、 この旅の中で命を落とす事があるかも知れないのは自分だけではないと気付いてしまったあの日以来。
自分の身体の事なんて、替えのパーツが何処かで売っているとでも思っているかの如く大切にしない三蔵が、 俺達の怪我を見る度に表情を曇らせる。
・・・何だよ。今更じゃねえか。
怪我すんのなんか日常茶飯事だったじゃねえかよ、俺達。
何でそんな目すんだよ。
「終わりましたよ」
「ああ。さんきゅ」
八戒の治療が終われば血も止まってるし傷口は塞がってるし、もう痛みも感じない。どってことねえだろ、こんな怪我。
アンタが怪我をする度に、俺達だって辛かったのだと漸く、アンタにも分かって来たんだろうか。
理屈じゃなく、ヒトの身体は替えが利かないものだとアンタにも分かるようになったのだろうか。
それは嬉しい事の筈なのに。
・・・三蔵が泣きたいのを堪えてるような表情を見せるのが、辛い。