風吹かば
乾いた枝を足下で踏み付けて小さく音がするのに三蔵は体ごと振り返る。 頭の半分と片目を厳重に包帯で覆ったそんな三蔵に俺は片手を上げる事で応える。
なかなかに面倒な敵と対峙し、俺達は全身傷まみれのぼろぼろだった。 一応買い置きはあったけれど普段だったら八戒が治療してくれるので俺達4人共に巻き付けるに足りる程には残量が充分ではなかった包帯が途中で足りなくなった。 包帯なんて面倒だし大仰だからちっとも体に巻き付けていたくなかった、 だから正直三蔵が包帯ぐるぐる巻きの被害者一号になってくれたお陰で俺まで包帯が回って来なかったのはラッキーだった。
「お疲れさん」
銜え煙草でそう告げる。
「疲れてんのは八戒とジープだろうが」
「かもね」
自分だって怪我をしているのに俺達に気孔を当てようとする八戒を全員で止めた。
「こんな所でお前がぶっ倒れたら俺達全員が困る」
「でも、三蔵」
「こんなモン舐めときゃ治る」
短い遣り取りの後、手持ちの薬で適当に治療をして出発した。 妖怪の死体がゴロゴロ転がっている血塗れの地面で野宿なんてまっぴらだと4人ともが思ったからだ、そう、 自らの体調を顧みず気孔を当てようとした八戒でさえ。つまり、最後の気力を振り絞ったらここで倒れてしまうかも知れないと、 ヤツが自覚する程度には酷いありさまだった。
磁場が悪いと言うか、澱んだような空気も鼻についた。
とにかく、留まり続けたいような場所じゃなかった。


地図に載っていたのよりは大分手前で発見した湖のほとりでジープは止まった。
「おかしいですね。異変以来砂漠が広がっているのは知ってましたが湖がこんなに広がっているなんて今まではなかったのに」
「気候の変化で雨量が増えているのかも知れない」
そう言った後暫し三蔵は黙り込んだ。
「三蔵?」
「何でもねえ。少し歩いて来る」
言い捨て、振り返る事なく三蔵は踵を返し、八戒と顔を見合わせた後俺は肩を竦めた。
「煙草休憩」
そう言って悟空を置き去りにして歩き出す。
頬に触れる風が少し冷たいと思った。


「三蔵サマ、もう歩き疲れた?」
立ち止まったきりの三蔵に笑いを含む声で尋ねるのに三蔵はいつものように怒鳴り返しもしない。
「地盤が沈下しているのかも知れない」
「あ?」
「気付かなかったか?ここに来る迄に道が少しづつ傾斜していただろう」
「いや、急な坂でもありゃあ分かるだろうケドそんなもんなかったっしょ?」
「急ではないが緩い下り坂が続いてただろう」
「そうだったかあ?」
まあ三蔵が言うんだからそうなのかも知れないがそんな感じ取れる程傾斜してるかあ?と半信半疑ながら足下を見下ろす。 こうして立っていても体が傾く事もなく、やはり分からない。諦めて辺りを見渡し、 ついで振り返って八戒も悟空も俺達を追って来ていない事を知る。
「地盤沈下が起こるのは地下水を汲み上げ過ぎた時だ。つまり地下水量の減少も同時に起こっている。 地盤が沈下しているのに湖の水量が増えているのは、桃源郷全体での雨量のバランスが崩れているのかも知れない」
「ふうん」
そう言う小難しい話は八戒相手にしてくれよ、そう思いながら生返事を返す。
如何にも興味なさげな俺の返事に気を悪くしたのか三蔵が黙り込む。 煙を吐き出しながら三蔵へと視線を戻せば、三蔵は少し前に巻いたばかりの包帯をなおざりに解いている所だった。
「解くなよ」
「大袈裟なんだよ」
その台詞が大仰に巻き付けられた包帯に対してのものなのか、 心配そうな顔で包帯を巻き付けていた八戒に対してのものなのかは言葉の調子では読み取れなかった。 或いは両方かも知れない。
俺の目の前でしゅるしゅると包帯を解き終えた三蔵は、 解き終えた包帯を風にたなびくに任せて暫くの間指に絡めていたが数秒の後清々したとばかりに白い布を地面に落とした。
包帯を解いても片目は相変わらずガーゼで覆われた侭なので怪我人めいた風情は消しようがなかったが。
「痛くねえ?」
「ああ」
短く答えると三蔵は目を閉じた。
まるで口付けを待っているかのように見えたのでその通りにした。
唇を重ね合う俺達の足元で蟠っていた包帯は風に吹かれ俺達の脚に絡み付いていたが、再び目を開いた時にはいずこかへと消えていた。

戻ったらはっちーに怒られること間違いなしの三蔵様。

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