書店パラレル
○月×日
その時俺はサ○ブレ付録のDVDが気になったので手に取りレジに持って行ったのだ。
レジに立っていたのは可愛い高校生のバイトのオンナノコ・・・ではなく見た事のない金髪の若い男だった。
うわ、パツキンかよ?
よくこんなハデなの雇ったな、吃驚しながらレジを打つ男をまじまじと見る。
日本語は流暢だったが然し眼鏡の奥のその瞳はコンタクトでは出せない色合いの綺麗な紫色。
・・・外国人?
んんー?と首を傾げてみると制服らしきエプロンの左胸のネームプレートには画数のやたら多いごつい漢字。
帰化した外国人の当て字だろうか。
「あのさ、あんたの名前、何て読むの」
雑誌の入った紙袋を受け取りながら訊ねると、レジの男はゆっくり後ろを向いたかと思うとストック棚から何やら取り出した。
「ご一緒にこちらもお買い上げになっては如何ですか」
冷気を感じる程の冷たい口調。
凍り付きそうな視線。
と、共に渡されたのは「漢和辞典」。
出会いは最悪だった。
○月×日
紆余曲折の末俺はあのいけすかない金髪の働いている本屋でバイトを始める事になった。
「最近のベストセラーは地方書店の手書きPOPから誕生してるんです」
「ポップって何?」
「・・・このショーカードの事です」
「ああ、それかあ」
「ええと、それでですね。スタッフ全員のお薦めの一冊を平台に展開しようと思うんで1人一冊これは!
と思う本を推薦してくださいね」
「・・・・・・」
本屋でバイトなど始めたものの正直俺はあまり本を読む人種ではない。
セ○チュウとかで誤魔化しとけ(読んだ事はないが)、と思ったが
「いいですか、ベストセラーは駄目ですよ。売り方次第ではブームになりそうな作品を発掘してくださいね」
見透かしたかのように店長が笑顔で続けた。
・・・それが2日前。
「あれ、もうPOP書いてるヤツいるんだ、早えなあ」
「三蔵はもう発注もかけましたよ」
「え?」
悟浄も早くしてくださいね、との店長の言葉を聞き流し三蔵が選んだのはどんな本かと卵色の楕円形のPOPを手に取る。
まあどうせお堅い面白くもなさそうなフェア展開しても売れそうもない本だろうと気楽に取り上げたそこには。
『地獄のババぬき』
○月×日
珍しく三蔵とシフトが一緒になった休日の昼間。
店長の言っていた「スタッフお薦めの一冊フェア」の為に平台に載る文庫をどうにか移動したり棚差しにしたり、
その合間に「この間新聞に載ってたこの本は・・・」とかいう客の問い合わせに答えたり忙しく働いていた。
「この本を選んだのは・・・」
「あ、俺」
三蔵が呟くのに三蔵の手にした本のカバーの色を確認して即答する。
「ま、まいじょー!」
「あ?」
大丈夫かこいつ、と思った。
「お前、舞城○太郎好きなのか!?」
「あ、いや、好きっつうか兄貴に薦めてもらって・・・」
今度のフェアの事を言ったら「これなんかお前も面白く読めると思うぞ」と言って兄貴が持ってた本を貸してくれたのだ。
確かに引き込まれるようにぐいぐい読める面白い本だった。
だから読みもしない本を薦めた訳ではなく、一応自分で読んだ本だ。
「お、お前の兄貴は舞○王太郎は好きか?」
勢い込んで問いを重ねる姿に、成程と納得した。
三蔵はこの作家が、と言うかこの作家の本が好きなのだ。
(だったら自分がお薦め本で押せば良いのに)
そう思ったが素っ気なく答える。
「たまたま借りただけだ。兄貴が普段どんな本読むかなんて知らねえよ」
「そうか・・・いや、でもどんなジャンルが好きか、とか」
普段のぶっきらぼうさが嘘のように珍しくも口数の増えた三蔵の問いには答えず、
文庫を手にした客がレジの前に立っていたのでそちらに向かって歩いて行った。
「・・・お前の兄貴はミステリ好きだったりするか?」
客の少ない時間帯。レジカウンターの中でカバー用に包装紙を折りながらもじもじと歯切れ悪く三蔵が訊ねる。
はっきり言ってそんな姿を見たのは始めてだ。
何つーか、本の好みが似ているかも知れないっつうだけで俺に対するのと全然態度が違う。
「さあな」
「兄貴の本の好みとか、知ってるもんじゃないか?」
「さあーなっ」
「そうだ、この作家の本なんて読んでるんじゃないか?京・・・」
「何で俺がアンタと兄貴の取り次ぎなんかしなくちゃならないの」
乱暴に言葉を遮ってやる。
たかが、たまたま同じ作家の本読んでたってだけで会った事もない兄貴の事がそんなに気になんのおかしいっつうのコイツ。
「そんな事言ってねえだろうが」
「じゃあどういうつもりなんだよ」
「うるせえこのブラコン!」
「・・・っ!」
「大事な兄貴の事を俺に教えんのがそんなにイヤかよ。ああそりゃ悪かったな!」
その時電話が鳴らなかったら掴み合いの喧嘩になっていたかも知れない。
○月×日
「こないだ借りた本さあ」
兄貴の部屋に入り込みながら口を開く。
「あん?」
「あれってどんなジャンルなの」
兄貴はベッドの上で胡座をかきながらその足の上に字の細かい本を載せている。兄貴は結構な本好きなのだ。俺と違って。
「そうだな」
丸めていた背中を伸ばしながら兄貴が顔を上げる。
「敢えて言うならミステリか」
「え!?」
「何も密室で人が死んで名探偵が登場するのだけがミステリって訳じゃないさ。
それにお前が言ってるのはこれだろ、まあ確かにミステリとは言えないがそれでも敢えてジャンル分けするならそうだ、ってだけだ」
ふかふかの手触りの黄色い表紙の本を兄貴が指差す。
「ふうん」
「なんだ。どうした」
「いや、バイト先にこの作家が好きだってヤツがいてさ」
「美人か?」
「あー・・・美人っちゃあ美人だけど男だぜ」
「何だ男か」
即座に興味を失ったのか再び兄貴は顔を下に向けた。
流石俺の兄だ。
○月×日
「ボールペン貸して、さんぞ」
「ホラよ。ブラコン」
渡されたのはバイトの女の子の使ってるような私物のポン○ライオンの付いたミスドのボールペンではなく、
店に置いてあるごくフツーの黒ボールペンだった。
「・・・ありがとよ、この密室マニア」
「誰が密室アニアだと」
「違うのかよ。密室で人が死んでるような本が好きなんだろうが」
「ミステリが好きなのと密室が好きなのとは違うだろうが。大体何でミステリが好きだってだけでマニア呼ばわりされなくちゃならん」
「へー、どう違うんだよ」
「教えてやっても良いがてめえの脳味噌じゃ理解出来ねえだろうよ。
一遍死んでアタマん中取り替えて貰って来い。てめえなんざ密室の中でマッパで死ね」
「密室で死んでたら自殺だっつうの!この密室オタク!」
○月×日
時は少し遡る。
「よお、しっかり働いてるか」
「あっれー、今日は早いな」
「ああ」
如何にも学生アルバイトと言った体の赤河童とは対照にしっかりとスーツを着込んだ男が其処に居た。
悟浄と違い落ち着いた物腰。だが何処となく似通った顔付きに、その人が悟浄の例の兄貴だろうと察した。
「599円になります」
千円札を受け取りながら口を開いた。
「あの、沙君のお兄さんですよね?」
普段であれば訊ねられでもしない限り自分から客に話しかける事などしない。
たまたまその時は他に並んでいる客がいなかった所為だろう、思わずそう言ってしまったのは。
「え?」
「ミステリが好きだって、沙君から聞いてます」
「あ、ああ」
「俺も舞○王太郎、好きなんです」
「・・・もしかしてあんたが。そうか、俺も悟浄から話は聞いていたが」
一般書(除ミステリ)しか読まない人間の間では無名に近いその作家の作品を置いてある店は大型書店ならばともかく、そう多くはない。
悟浄の兄貴が笑顔になるのを見て、何だか知らないが俺をこの兄貴から遠ざけようとしていた悟浄の顔が浮かんで「ざまあみろ」と思った。
○月×日
兄貴は子供の頃からでっかくて格好良くて俺のヒーローだった。
だから、兄貴が何だか沢山人が死んだ頃になって漸く「犯人はお前だ」とか言い出すノロマな探偵の出てくるような本とか「見立て」
だとかで死体がヘンな風に飾り立てられるような気色悪い本ばっかり読んでる事もちっとも気にならなかった。
今日、この時までは。
「あ、玄奘さん。この間薦めて貰った本面白かったぞ」
「今までのシリーズと実は繋がってんだ」
「ああ、ソレなんだが結構ムリっぽくねえか。設定」
・・・何時の間にか兄貴とあの密室オタクが仲良くなってるうううう!!(涙)
○月×日
ホームページからダウンロードしたPOPを売場に飾り付けながら三蔵は棚を作って行く。
平積みにするのかと思ったのだが、面陳で上位10点の中から売れ行きの良さそうなものを数点棚に差す。
いつも大量の紙(本の事だ)を扱っている為三蔵の指先はがさがさだ。
顔は綺麗なのに手は切り傷も絶えなくていつも何処かしらに絆創膏が貼ってあって綺麗とは言い難い。
それでも三蔵は手を動かす事を止めない。
「恩○陸が一位なんて吃驚したがな」
「あんたはどんなのが来ると思ってたの」
「コレは一次投票で上位10点を選んで、二次投票はその10点全部読まないと投票出来ねえんだ」
「げ」
「・・・大して好きでもない作家も混じってたからな」
つまらなそうに唇を尖らせる姿は、つまり三蔵は二次投票はしなかったと言う事だろう。
そしてそれは、一次投票で上位1点が決まった時点で三蔵の押したい本は姿を消していたと、そういう意味でもあるだろう。
そりゃあそうだ。こいつの好きな本っつったら。
「まあ良いじゃねえの」
ちょっとメルヘンちっくな可愛い表紙の本を手に取りぱらと捲ってみる。優しい文体で若い女の人に好かれそうだ。
「オススメの本はありますか、
って聞かれた時スキー場とかでどっかの屋敷に閉じこめられて電話も通じなくて首ナシ死体が見付かるなんて本じゃ客に薦められねえし、
こーゆー本が一位で良かった良かった」
「・・・・・・」(←無言の侭怒ってます)
もはや何時頃のものか覚えてないんですが。セカ○ュウ(古っ!)とか書いてあるのでその頃でしょう。
書店がマイブームだった頃。この頃は書店選びたい放題だったので好きな店でしか買わない!密林なんか使わない!店頭で必ず中身確かめてから買う!
なんて事が可能でした。