サマーキャンドル
○月×日
取次で働いている(先日正社員に昇格した)悟浄が「折角2割引だし」 と言って買って来たのは映画にもなりTVドラマも放映中の超ベストセラーの純愛小説、所謂「セカチュウ」だった。
「セカチュウって言う時俺必ず○カチュー思い出すんだよな」
そう言う悟浄は無駄に長く語尾を伸ばすので「セカチュ〜」と聞こえるのだがそれは放って置く。そんな事はどうでも良い。 問題はそんな事ではないのだ。
「うっ、うっ、・・・」
「・・・・・・」
「うえ・・・っ、ぐす・・・っ、ずず・・・」
こいつこんなキャラだったかよ。 そもそも恋愛小説なんか買うな。
「でけえ図体して泣くなうぜえ」
泣かせるぜ〜と言う意図が見え見えなありがちな死にネタでいい年した男がびーびー泣くなんてどうかしている。
「だ、だって・・・もし三蔵が死んじゃったら、って思ったら・・・」
「・・・勝手に殺すな。ホラ、ハナ垂れてんぞ」
阿呆な悟浄の為に。
せめてティッシュを箱で渡してやろう。



○月×日
その時○カチュウを見ていたふたり

『僕に出来る事だったら何でもします!』
『あなたに何が出来るって言うの!』

「・・・・・・っ!!」(←悟浄)
「気にすんな。何も出来ないのはあいつだけじゃなくてあの両親だって治療費出すしか出来ねえんだ」
「・・・あんた時々冷静過ぎてすっげえイヤ・・・」
「喧嘩売ってんのかてめえ」
自分だって無力なのに自らの無力を顧みる前に他人の無力さをあげつらう人間に驚いた。 正確には、たかが娯楽に過ぎないテレビ番組なんぞでそんな不快な人間を映し出す事に驚いた。 そして言葉を失い息を呑む悟浄にも驚いた。だからそう言ってやったのに返って来たのは面白くなさそうに唇を尖らせる表情で。
「だってさ、ここ泣くとこでしょ?何で冷静にツッコミ入れるかなあ」
「何処で泣こうが泣くまいが俺の勝手だ」
「そりゃそうだけどさ」
「大体泣けば病気が治るとでも言うならともかく泣いたって何にもなりゃしねえだろうが」
「う・・・っ、でも、でもさ、辛いじゃん」
「作りモンの話じゃねえか」
「作りもんでもさ、やっぱ。もし三蔵が病気になったりしたらとか考えちゃうと・・・」
うわ。また泣いた。



○月×日
映画に行こうと言ってみたら驚いた事に三蔵は承諾の意を伝えて来た。
「どんなんが良い?」
「眠くならねえやつ」
差し出した雑誌をちらとも見ずに即答するのに小さく笑う。どうやら俺が決めて良いらしい。 然しいつも一緒にテレビを見て分かっているが三蔵は恋愛ものは嫌いらしい。つうか突っ込みがヒドいので止めておこう。
「んじゃ着いてからのお楽しみと言う事で」
そんな風に言って何のチケットを買ったかは内緒にしておいた。 アクションものにしようかとも思ったが、俺が選んだのは普段三蔵に縁のなさそうなサイコサスペンス。
処がだ。映画が始まってから三蔵が酷く落ち着かない様子だ。
「おい。具合悪いのか?」
「うるせえ」
小さな声で訊ねてみるが返って来たのは素っ気ない返事。
だけど何だか肩に力も入ってるし・・・。
隣の三蔵とスクリーンとを交互に見ているとおどろおどろしい効果音と共に、画面では主人公が部屋のカーテンを引く。
窓の外には見知らぬ男の顔。
「きゃああああっ!!」
主人公の高い声に重なる叫び声と共に。
「ぎゃああああっ!!」
「・・・・・・あ?」
三蔵が席を立って出口に向かい走り出した。
そう言えば三蔵は旅の間に何度もストーカーにまとわりつかれてた・・・と思い出したのはロビーでぶるぶる震えている三蔵の姿を発見してからだった。



○月×日
『こいつは○カチュウ。俺のパートナーだ』
『ピカー』


「パートナーかあ。良いなあ」
ぽりぽりと音を立てて胡瓜を食いながらTVを見ていた悟浄が言う。
「三蔵も俺の事パートナーとか言ってくれないかなー」
「事と次第によっちゃあ言ってやらない事もない」
「えっ!マジ!!」
「ああ。てめえがあの電気ネズミのように河童語しか喋らねえならな」
「河童語・・・」



○月×日
「・・・いらねえ」
悟浄の用意していた夕飯を見るなり三蔵がげんなりとしたように吐き捨てた。
「何で。夏って言ったらカレーっしょ」
「この暑苦しいのにそんなモン喰えるか」
「・・・そっか。でもサラダとか豆腐だけでも良いから腹に入れろよ?」
ビールだけじゃなくてさ、 冷蔵庫を開ける三蔵の背中に小さく笑いながら三蔵が暑いのが苦手な事は知っているので悟浄もそれ以上強くは言わない。
「・・・フン」
小さく鼻を鳴らす事で返事とした三蔵が冷蔵庫の中を暫しごそごそと漁っていたが漸く冷蔵庫のドアを閉めた時手にしたもの、 それは西瓜と梨だった。
「・・・三蔵様は綺麗な声で啼く虫さんみたいだね」
ほろり。





BBSからの再録。●カチュウネタ今となっては古いですね・・・。初出2004夏頃?

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