catch the
言葉尻を捉えて挑発してみると「ふざけんな」とでも言って怒り出すかと思った三蔵がどうした風の吹き回しだか俺の挑発に乗ってくれた。 三蔵との初めてのキスは舌も入れない触れるだけのものだったがともかくそれを切っ掛けに二人きりになった時に交わす悪戯なキスはその後も続いていた。





「悟浄、コーヒー入りましたよ」
「さんきゅ」
炒れ立てのコーヒーに砂糖もクリームも入れない侭口を付ける。八戒の炒れるコーヒーは美味い。 野宿続きで水の残りを常に気にして食後の一杯も言葉通りの「一杯」ではなくカップに半分位しか飲めなかった日々の後だと余計に美味く感じる。 折角辿り着いた町が期待を裏切るしょぼい田舎町で、 賑やかな賭場でぱあっとギャンブルに興じたいと思っていた希望が果たせなかった鬱憤も帳消しになる。
「お前喫茶店でも開けば良いのに。俺、常連になるぞ」
「あはは。有難うございます」
軽口を叩いた後はそれきりコーヒーカップを挟んだ侭ツーカーの熟年夫婦のように無言でカップを傾ける。
「ごっそさん。んじゃもう寝るわ」
「もうですか、早いですね」
「だってこの町なあんもねえんだもん」
「たまには健康的で良いじゃないですか」
自分で寝るには早い時刻だと言っておきながらそんな事をさらっと言うのを聞き流して毛布を捲り上げベッドに潜り込む。
「じゃあ僕は繕い物を片付けてから寝ますから」
「悪いな。灯りは点けた侭で良いぞ」
「いえ、ベッドライトで充分です」
「運転手が目を酷使するなって」
「じゃあお言葉に甘えて」
「ああ」
「お休みなさい」
「お前も早く寝ろよ」
「はい、有難うございます」
殆ど物音も立てない、俺と一緒にいても別段気配を緊張させたりしない八戒の気配に気を緩めれば、 柔らかい布団の魔力に負けて段々と睡魔が訪れる。 田舎町の鄙びた宿屋にしては普段から手入れが行き届いているらしくふんわりと心地の良いベッド。
これが悟空と同室だとこうはいかない。 夜の早い寺で生活してるからか悟空は腹一杯にメシを喰った後はうっかりすると風呂の支度を待つ間の短い時間で眠ってしまう。 しかも叩き起こしても朝まで起きない。それだけなら良いがイビキだの寝言だのが煩くって敵わない。 悟空と同じ部屋でぐっすり眠るには騒音に起こされないよう先に寝入ってしまうか酒でもかっ喰らうしかない。
ぱちんと灯りを消す音と共に室内が闇に包まれる。次いで、暗闇の中ごそごそと八戒が布団に潜り込む音が聞こえる。 部屋が暗くなった事で睡魔が加速して襲い掛かって来るのに任せ眠りに落ちた。





眠った時間が早かった所為か翌朝はいつもより早い時間に目が覚めてしまった。しかも二度寝も出来そうにない程頭がスッキリとしている。
仕方なしに物音を立てないよう身支度をして部屋を出た。
「お。さんぞー様早いね」
廊下を通り抜けロビーに出るとまだ八戒でさえ眠っていると言うのに椅子に腰掛け新聞を読んでいる三蔵がいた。
「バカ猿の鼾が煩くて目が覚めた」
アミダ籤で昨夜は悟空と同室に当たった三蔵の眉間には不機嫌そうに皺が寄っている。
「そりゃお気の毒」
そう言って小さく笑うが誰かが犠牲となって悟空と同室にならなくては自らの安眠が得られないと言うのであれば相手が三蔵であろうとも譲れない。 如何にも眠そうに、重たげに揺れる長い金色の睫毛。
「俺が見張っててやるからここで寝てれば」
まだ早い時間だから他の宿泊客は起き出していないらしく厨房の方からことことと鍋の煮える音と食欲をそそる良い匂いがしている他は宿の人間の姿も見えない。
「ほっとけ」
顔を上げもしない侭告げる三蔵の返事は酷く素っ気ない。 人が親切で言ってやってんのに、と少し気分を害しワザと三蔵の近くに腰を降ろして頭の後ろで腕を組む。 それきり俺の方を見る事もしない三蔵をこちらも見ないようにして反っくり返って古びた天井を見上げる。
三蔵は俺の事をどう思っているんだろう。
何を考えて俺とのキスを許しているんだろう。
俺の事を好きだから、っつうにしちゃあこの態度はねえよなあと考えながら煙草の煙を宙に向かって吐き出す。
八戒のように器用な手先で繕いもんが出来る訳でもなし、あまり肉だの魚だのの類を喰わない三蔵の為に趣向を凝らした料理を拵えて 「これなら三蔵も食べられると思うんですが」なんて笑顔で皿を薦める事が出来るでもなし。 昨日の夕飯なんてロクに調理道具も揃ってない筈なのにパスタから手打ちで拵えたミートソースたっぷりのラザニアだった。 勿論溜息が出る程に美味くて三蔵も取り分けられ皿に載せられた一人前を残さず腹に収めた。
俺が得意なのなんて博打とキスとセックスだけだ。
かと言って三蔵が俺のキスの技巧に麻薬のように溺れてめろめろになってるっつう訳でもないし。
ちろ、と横目で傍らの三蔵を伺ってみると血腥い記事だらけの社会面から漸く目を離して俺の方を見た。
「・・・・・・何だ」
「ね、キスしようか」
「ああ?」
何抜かしてやがる、と続ける三蔵の言葉に被せるように俺も言葉を続ける。
「じゃしてみようか、セックス」
「・・・・・・」
何事か言いかけて三蔵は口を開くが言葉を紡ぎ出さない侭に中途半端に開いた唇が静止する。 俺の目の前で三蔵の表情が消え、見知らぬ他人を見るような強張ったものに変わる。

初めて会った頃のような。

「あー・・・悪い、冗談」
警戒心を剥き出しにされて俺は直ぐ様冗談に紛らわせて言葉を濁す。
「・・・・・・フン」
数秒俺を睨んだ後鼻を鳴らして三蔵は横を向く。その三蔵の横顔を俺は盗み見る。 眉間に皺を寄せていてさえ端正な横顔。 と言うか元来表情に乏しい三蔵は嫌悪の表情であってすら何らかの表情を浮かべている時の方が生気が感じられてすげえソソられる。
他人には分からない深い結び付きのあるらしい悟空と、 美味い手料理でこの気難しいヤツを手懐けてしまっている八戒に俺が一歩リードしているのは時折触れる口付けだけでしかない。 しかもキスは良いけどそれ以上はダメときた。
「ドーゾ」
煙草を取り出して銜える口元にいち早くライターを差し出してやると三蔵は礼も言わない侭俺を一瞥した。
唇を合わせ舌を差し入れて掻き混ぜてやると俺の動きを真似ようと必死になるクセにどうしようもなく不器用で唇の端からだらしなく俺のものと混じり合った唾液を零すいやらしい唇に銜えられたマルボロ。
どうしようか。
俺の我慢はもうあまり保ちそうもなかった。

正しいタイトルはCatch the Gold。

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