12月のコーヒー
たまたまだったと思うのだが。 どんなシチュエーションだったかはっきり覚えてはいないが何故かその時俺は悟空と二人きりでメシを喰っていた。 多分三蔵は便所に行ってるとかで席を外していたのだろう。


先程迄隣の席にいた女が恋人らしき男にひとしきり仕事の愚痴をこぼしていた。 十人並の顔を百年の恋も覚めるような醜い歪め方をしてテーブルに半ば身を乗り出し箸を持つ手で皿の上の料理を喰うでもなくぐちゃぐちゃと掻き混ぜながら 「そうは言うけどさ」「まあまあ」と時折宥めるように入る声に「だって」「でもさ」 と逆に怒りを募らせて向かいの席の男が困っているのにも気付かずに一方的に喋り続ける。 自分で紡ぐ言葉に自分で興奮しキイキイと耳障りな甲高い声を笑いさざめきながら食事を楽しんでいる他人の会話に割り込ませて。
あーゆーオンナとは俺は付き合えねえな、 と喋くってる分だけ食事のペースの遅かった女が大して美味くも無さそうにコーヒーを飲み干してから二人が席を立ったのに安心して 「あーゆーのってたまんねえな」とぽつりと呟いた。 別に悟空に同意して貰いたいとかそんな事は露程も思っていなかったのだが。 職場の飲み会の時に仕事の話ばかりをするヤツもいる。職場の者同士腹を割って話せる機会に仕事の話をしないのは怠慢だ、 と言う考え方のヤツもいるが一方的な愚痴を聞かされるのと仕事の問題点を洗い出したり仕事への熱意を聞かされるのとでは全然違う。
そう言えば俺が付き合って来た女達は残業続きの時でもにこにこ笑ってるようなタイプばかりで、 仕事が大変な時にも元気良く笑うそんな笑顔にちょっと良いな、とか思って声を掛けたんだった、なんて事をぼんやり思い出していた。


「そうかな、俺はああやって愚痴をこぼして貰えるのって嬉しいけど」
追加で頼んだチョコブラウニーサンデーをほおばりながら悟空が言った。
「はあ?」
「厭な事俺に吐き出してくれて、それで元気が出るなら良いじゃん」
もぐもぐと口を動かしながらぺろっと悟空がとんでもない事を言う。コイツは天然か。それとも天性のタラシか。
「だってさ、三蔵って仕事の事俺に話してくれないし・・・」
煙草を銜えながら悟空の言葉を聞き、灰皿に押し付けられた自分のものではない吸い殻に視線を流す。


その後自分が悟空に何と言ったのかは覚えていない。 俺といる時も似たようなもんだと言ったのだろうか、 それとも学生なんかに仕事の話はしねえだろうよ、と優越感に浸りながら嫌味ったらしく答えたのだろうか。 それとも三蔵が戻って来てその話は打ち切りになったんだったろうか。



半袖の季節に3人で入った事のある店の前を今日は寒さに震え二人で足早に通り過ぎながらそう言えば三蔵って仕事の話をしねえよな、とふと気付いた。 例えば今日だって「クリスマスは仕事で遅くなるから会えない」と告げたのに「そうか」 と言い出したこっちがガッカリする程素っ気なく返されただけだった。 年末を間近に控えたこの時期、年内納品或いは年越し早々に対処しないといけない何やらがビシバシと入って来て「終わんねえから明日」 なんて言ってられない状況なのだ。
まあ、お互いどんな会社でどんな職種なのかは知り合った当初から知っている訳だから今更そんな話す事もないと思われてんだろうけど。
コーヒーゼリーの美味い店内禁煙でないコーヒーショップに入り、コーヒーゼリーではなくどうでも良い味のコーヒーを手に腰を下ろす。 暖を取る為に店に入ったのか煙草を吸う為にやって来たのだか分からない、 喫煙率の高い客筋で店の外の冷たく澄んだ空気とは対照的に店内の空気は白く靄が掛かったように見える。
店に入ったら煙草を吸わなくてはならないルールがあってそれを遵守しているかの如く俺もポケットから煙草を取り出して口を開く。
「な、最近どう?」
「ああ?」
「仕事の方」
「どうって、相変わらずだな」
俺と同じように煙を吐き出してから三蔵が短く答える。おいおい、会話が続かねえだろ。
「最近こーゆー仕事してるんだよー、とかさ」
「守秘義務があるから話せねえな」
どうにも食い付きが悪い。まあ、人の関わる仕事だと今時は個人情報とか何とかウルサイのかも知れない。
「新人が入ったとかさ」
「新人なんか毎年入るだろうが」
「・・・まあね」
俺が聞きたかったのはそんな台詞ではないのだが。あらゆる意味で人の予想を裏切る三蔵はこんな会話一つでも、 何と言うか俺の思い通りにはならない。
勝手なもので話してもらえないとなるとちょっとばかり寂しくなる。 これじゃ仕事の話を聞かせて貰えないと拗ねる悟空と一緒だ、 と思いながらも愚痴をこぼす気にもならない程頼りにされてないんだろうかと思ってしまう。
つまんねえの、ぬるいコーヒーを口元に運びながら口の中でだけ小さく呟いてみる。
書きかけで一年以上放置しておいたもの。 これが後にweb拍手(再録済み)の「クリスマスの日の仕事後に家の前でごじょりんを待つ三蔵」に繋がります。

novel−パラレル