デイジーネックレス
その日のお客はちょっと変わった4人組だった。
こんな見るものもない街を訪れるのは大抵が旅をしている人だ。 普通旅をしている人達と言うのは旅慣れた風か、或いは休暇を利用してちょっと旅行に来たのだと言うモロ観光客風な訳だけど、 その4人はどちらとも違っていた。 そして普通一緒に旅をする人達と言うのは趣味が一緒だとか気が合うとか、 まあとにかく何処かしら似通った雰囲気を持っている訳だけどその4人には見事に共通点と言うモノが見受けられなかった。 だからと言って多少胡散臭いだけの事を理由にしてウチの宿の扉を叩いた人間を追い払う程には俺は心が狭くなんか無い。 どんな事情があろうが金を払いさえすれば客は客だ。


「なあっ、ここってメシ付き?」
チェックイン手続きを済ませると4人の中で一番年若い(と言っても俺よりは年上のようだが) 一人がカウンターに身を乗り出すようにして訊ねて来た。
「あ・・・済みません。ウチはちょっと・・・」
「えー?でもあの突き当たりのでっかい部屋って食堂っぽくねえ?」
ガキっぽく見える外見の割に意外と目聡い。
「ええ、まあ・・・今人出不足で調理人がいないんですよ」
「ふーん、そっか」
ほんの数日前までウチの宿の食堂で働いていたのは妖怪だった。 と言っても如何にも妖怪妖怪した凶悪なタイプではなくて、 いつもにこにこ笑っている優しい兄貴のような人だった。
突如人間を襲い始めた妖怪の奥さんを自分の手で殺してから呆然と「俺も殺してくれ」と言った兄ちゃんを誰も殺す事は出来なかった。 俺はその場にいた訳じゃなかったけど、兄ちゃんが自分を殺してくれと目の前で言ったって俺だってあの気の良い人を殺せはしなかったと思う。
昼の仕込みの途中で奥さんの元へと走って行きそれきり戻って来る事のなかった兄ちゃん。 親父に言いつけられまな板の上に放り出しっぱなしのみじん切りの途中の野菜や水を張った鍋を片付けたのは、俺だった。 その日以来うちの食堂は閉めた侭でいる。「調理人急募」の張り紙は今の処「妖怪を雇っていた宿」 と言う街の人達の冷たい視線の前には何の意味も成さないでいる。
「行くぞ、サル」
4人組の中で一番位の高そうな格好をした人が促すように短く言う。 旅のお坊様の行く先々で改心して弟子入りした人達がお坊様のお供をしているのかも知れないな、 とお坊様に話し掛けられた茶色い髪のその人が慌てて背中を向けるのを見てそう思った。





例えば夜遊びをする為に出掛けている客がいる場合、 その客が戻って来る迄はカウンター近くで(例え一晩戻って来なかったとしても、一晩中) 寝ないで待機していなきゃいけないんだけどその日は幸いな事に夜遊びに出るお客さんもいなくて、 だから仮眠室じゃなくて自分の布団で俺はぐっすり眠っていた。

どかどかと床板を踏み鳴らす音が聞こえて来ても育ち盛りの身だ、俺はまだ夢現で半分眠っていた。 完全に眼を覚ましたのはテレビでしか聞いた事の無かった銃声が近い処から聞こえて来たからだ。
テレビで聞くオモチャのようなチャチな音とは全然違う、胃の腑に響く恐ろしい音。 本当だったら関わり合いになどならず何も聞かなかった振りをして眠り続けていたかったがその音が聞こえて来たのはよりによってウチの宿の中からだった。
「死ねっ!」
裸足の侭廊下を走り駆け付けてみればあのお坊様が妖怪に襲われる処だった。 廊下の窓から零れる月明かりだけを頼りに振りかぶられた腕の先に長く伸びた爪が鈍く光る。
「ヒ・・・ッ!」
俺が息を飲むのと同時に暗がりをさして苦にもしない様子でお坊様が腕を伸ばす。

もしかして先程の銃声はこのお坊様の放ったものではないかと、 そしてお坊様を襲っているのは数日前街を去ったあの料理人の兄ちゃんではないだろうかと瞬間的に思った。
「ダメだっ!」
廊下の角っこから勢いを付けて走り出しお坊様の腕に必死にしがみついた。
「このガキ!離せッ!」
怒鳴りつけられても尚お坊様にしがみつく腕に込めた力は緩めずに顔を上げる。
「兄ちゃんっ、兄ちゃんなのかっ!?」
だが。
大きな月を背に腕を振りかぶったその姿は俺の知ってるあの人のものではなかった。
「・・・・・・っ!」
俺目掛けて振り下ろされて来る速過ぎてその軌跡しか見えない筋肉で盛り上がった腕。
咄嗟に目を閉じてしまったので何が起きたのかは分からなかった。 ただ顔を布のようなもので包み込まれたかと思うとお坊様にしがみついていた筈の俺は逆にお坊様に抱えられる形になり、その体勢の侭転がった。 いや、転がったのは俺じゃなく俺を抱えていたお坊様なんだろうけど。
次の瞬間お坊様の腕がぱっと解かれて俺は床に放り出された。 慌てて目を開けてみたがそれでも何がどうなったか把握出来ず俺はちょっとぼーっとしていた。
「子供!アイツはてめえの知り合いか」
突然お坊様に呼ばれ「子供じゃない」と言うよりも前に反射的に返事した。
「違う!」
「そうか」
俺を背中に庇うように廊下で膝立ちになっているお坊様が振り向きもせず言いながら腕を前方の暗がりに向けて伸ばす。


ガウンッ!


間近で響く轟音に身を竦ませて再び俺は目を閉じた。

三蔵一行の登場があまりに少ないので一頃web拍手にこっそり置いておいたものの再録。 三蔵一行視点でなくRELOAD1話のように街の人から見た三蔵一行、という視点も好きです。

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