間奏
風呂から上がり、寝間着を引っ掛けただけの格好で三蔵は窓を開けて空を仰ぐ。
星も見えない、雲で天が覆われた夜に。
自らの吐く息だけが風に白くたなびいて行く夜空に、三蔵は窓を開けた侭で煙草を銜える。「そんな格好してると風邪引くぞ」
背後からのし掛かられ、三蔵の肩越しに伸ばされた大きな手が窓枠に掛かる。
「多分降らないと思う」
肩に残りの手を置いた侭天を見上げた悟浄が、三蔵の耳元でそう呟く。
天気予報では天気が崩れるかどうか微妙な事を言っていたが、自らの目で確かめた限りでは降雨はありそうにない。 そんな事、言われなくとも分かっている。
「なあ・・・、本当に出発する訳?」
「当たり前だ」
問われるのに三蔵は即答する。仲間(ジープ含む)の体調が芳しくない、 或いは天候が悪くてどうにもならない時以外は西へ進むしかないのだ。 ましてや、天候が実際に微妙であるならばともかく、雨が降らないのであれば。
ガシャンと、そう遠くない処から聞こえて来る音に悟浄と三蔵は同時に全身を緊張させる。
が、物音に続く悲鳴や、更なる騒音がない事で、宿の人間か、 或いは多くはない宿泊客の誰かしらがポカをやっただけだろうと判断し力を抜く。
暫し耳を澄ませた後、キイ、と音を立てて悟浄が窓を内側に引いて閉じる。 三蔵は身を捩り後退ろうとするが、背中にぴたりと身を寄せられた状態では逃げる事も適わない。 口元から零れそうな灰が気になり始めた三蔵に、悟浄は後方に手を伸ばして灰皿を取って差し出す。 そんな事をしなくともてめえが退けば良いだけだ、そう思いながらも三蔵は取り敢えず素直に差し出された灰皿に長い灰を叩き落とす。 悟浄は人差し指で煙草を上から灰を叩いて落とすが、 三蔵は人差し指と中指の間に挟んだ煙草を親指で下から弾き上げるようにして灰を落とす。 何時からそうしているのかは覚えていないが、何時の間にかそれがクセになっていた。
続けて煙草を吸おうと口元に吸い差しを運ぼうとすると、悟浄の指が伸びて来て、 煙草を取り上げられるとは思ってもいなかった三蔵の指から一瞬にしてマルボロを奪い去る。 目を閉じて深く一息吸い込んでから、悟浄は手にした灰皿にマルボロを押し付けて火を消す。 勝手な事をするな、睨み上げながら三蔵が袂の煙草をごそと探れば今度は箱ごと悟浄に取り上げられる。
「てめえ・・・」
眉間の皺を増やしながら三蔵が睨むのに、悟浄は怯む事なくにやけた笑みを浮かべる。
「終わったら吸わせてアゲルv」
何が吸わせてあげる、だ。
何でてめえにそんな事言われなきゃならない、 文句を言おうとする三蔵に恨み言の一つも吐かせる間もなく悟浄は痩身をベッドに突き倒す。
「な・・・?」
背中からベッドに倒れ込んで、弾むスプリングに躯を揺らしながらそれでも三蔵は悟浄がベッドサイドに灰皿を置くのを見届ける。
自分の動きを三蔵が目で追っている、と意識しながら悟浄はゆっくりと三蔵の寝間着に手を掛ける。 片手を袷に差し入れて大きく乱しながら、残りの手はシーツと三蔵の背中の間に差し入れて片手で器用に帯を解く。 しゅる、と音を立てて解かれる帯に三蔵が羞恥に耐えかねたように両手で悟浄の肩を押し戻そうとする。
「あー、こらこら、ちょっと・・・」
本当は大して困ってもいないクセに、困ったような口調で言ってから悟浄は三蔵の両手を掴み取ってシーツの上に押し付ける、 それもいつもの事だ。
三蔵が少しでも嫌がるような、怖がるような素振りを見せたら即動きを止めて宥める役に回っていたのは何時頃までだったろう、 三蔵の寝間着の裾を割開きながら悟浄は考える。 今ではこうやって、嫌がって見せる素振りも駆け引きの一環になった。
剥き出しになった膚に悟浄が唇を這わせると、何がイヤなのか唇をきつく噛み締めて三蔵は首を反らす。
翌日は出発だと言っているのに、こうやって悟浄が当たり前のように求めて来るようになったのは何時頃からだったろう、と三蔵は考える。 以前は、二人部屋になった時も「手を出しても良いでしょうか」と、 上目遣いで飼い主のご機嫌を伺うような控え目な忠犬のようであったのに。 一体何時からこんな、二人部屋=即セックス、のような思い遣りのない悟浄になってしまったんだろう。 もしかして知らないうちに本物の悟浄はいなくなっていて、この悟浄は実は悟浄二号とかだったりするんじゃないだろうか。
イヤだ、二号は。
悟浄二号は、イヤだ。
そう考えながら三蔵は瞳を閉じて緩く頚を打ち振る。その仕草を、気持ち良いのだと勘違いした悟浄が気を良くして三蔵自身に指を絡める。
二人が二人とも、変わったのは相手だけではない事を知らない。