ニセモノの恋
死にそうに退屈だった。ずっと、ずっと変わる事無く続いていく毎日に退屈していた。


鷭里と言う奴は意外な程オンナにモテた。 威嚇するように剥き出しにした妖紋は入れ墨のよう。フェイクの金髪、長身にわざとだらしなく着崩した服、 途切れる事なくつらつらと幾らでも出て来る言葉遊びのようなスノッブなだけで意味のない会話。 そして何より低い甘い声。耳元で「お前だけだよ」なんて囁く、そんな時だけマジな声を出す。 火遊びがしたいだけだった筈のオンナが何時の間にかヤツに本気でイレ込んでいる姿を何度もこの目で見た。 オンナが貢いだシルバーアクセを常に身に付ける律儀さも忘れない。そして無駄に器用な手先。 まるで戦場へ出向く戦士のID証みたいな、犬の首輪みたいなうぜえアクセにオンナの名前を刻み込んで 「俺が彫ったんだ」なんて言ってやればもう完璧。
そんな事までしてやってあれで結構マジなのかな、 なんて最初の頃は思ったもんだったが鷭里にしてみりゃあそんな手練手管なんてものはただの手段でしかない。 何のって、人間を見返す為のだ。 人間を嫌っている筈の鷭里が人間のオンナを口説き人間のオンナに金品を貢がせて時折俺はご相伴に預かる。 器用な手先を活かしてカードをすり替えていた筈の鷭里がタネを見抜かれていてピンチになった時代わりに殴られたり代わりに賭場の主をのしたり。 その礼として一杯奢られる時のヤツの財布の中身はオンナが寄越した札束だ。 イカサマを見抜かれてやべえなあ、と思ったら何時の間にか鷭里は酒場から姿を消していて、 イカサマカードをパーミングって意味じゃなく言葉通り呑み込むしかねえかなあ、とか思った事もあった。 普段あれだけ立て板に水っつう勢いで捲し立てられる減らず口は俺の為に発揮される事はなく代わりに鷭里が気前よく披露して見せるのは逃げ足の速さ。 いやあ、悪ぃ悪ぃなんて言いながら一つも悪いと思ってねえヘラヘラしたツラで姿を現す鷭里に俺は「お前なあ」 なんて言いながらドアを開けてやって。いや、開けなきゃドアをぶち壊されるだけなんだが。
「人間なんて何の力もありゃしねえんだからよ」
と開き直る鷭里の力の向かう先は人間でも妖怪でもない家のドア。 そうじゃなければ力がなくて当然の人間のオンナだの酔っ払いの人間のオヤジだの。
どうしようもなく卑屈で嘘で周りを塗り固め贋物で身を固めた鷭里。 それでも鷭里との暮らしが楽しかったのは鷭里の暮らしっぷりに「ホンモノ」なんてものが一つも無かったからだ。 真実なんて一つもない薄っぺらい生活。誰とも視線を合わせず本当の言葉なんて一つも口にする事もなく適当にただ生きていくだけの毎日。


マジになんかなる事もなく生きていけた。それで良いと思っている筈なのに、じゃあ俺が感じているこの倦怠感は何だ?
「ハズレか」
いっそコレで食ってきゃ良いのにと思う位にはしっこい手先で向こうから歩いて来る男にぶつかったフリをして抜き取った煙草は鷭里の愛飲の銘柄とは違っていて、 面白くもなさそうに投げ捨てる方向を確かめもせず放り投げる。
「勿体ねえ事すんなよ」
「貧乏くせえ事すんな」
ぺしゃんと軽い音を立てて地面の上を幾度か転がるパッケージを拾い上げるとそう即座に言われた。
「落ちてるモン見ると拾いたくなるだろーが」
俺の言葉にぎゃははっと笑った鷭里は此処の処金持ちのオンナを騙くらかして貢がせている。 街のエライさんの愛人の超美人。憂い気な泣きボクロも色っぽい年上のオンナ。 っつっても年増なんかじゃなく俺達と大して年も変わらないのにヤケに大人びた諦観を漂わせているナイスバディ。 不幸慣れしたヤツがだからと言って幸せになれる機会までも放棄している訳ではないと知らない鷭里が結構ビミョーな位置にいるのは知っていた。 だが俺は鷭里のヤツに何も言わない。 そんな危なっかしいオンナに手を出さずにいられない鷭里だってただ生きていくだけの毎日にウンザリしきっていると知っているからだ。

拾い上げたラクダ印の煙草に火を点けると吸い慣れない甘い香りが口内に広がった。
勿論、 地面に鼻先を突っ込んでキノコを掘り当てる豚のようにヤバげな処に好きこのんで脚を踏み入れかけている鷭里を止めない俺も待っている。
待ち望んでいる。
退屈な日常を変える何かを。

タイトルは喜多尚江さん「空の帝国」より。ラクダ煙草はキャメルです。

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