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Flow Flower
「桜の下にて春死なん」 なんて事を言ったのは誰だったっけ? この、花見にかこつけて酒を飲んで陽気に騒ぐ現代人の姿を見たら、そいつもきっとそんな辛気くせえ事は言わなかっただろう。 「まー良いから飲め飲め」 「あ、ハイ、すんません」 とくとくと一升瓶からコップに注がれる冷や酒に口を付ける。 「酒は飲んでも飲まれるな、・・・ってね」 そう言って、何がおかしいのか墨衣のその人はガハハ、と笑った。 三蔵の実家である寺で、地元の青年会の人達のたっての頼みで桜祭りが開催される事になったのだと言う。 なかなかに古めかしい寺に、僅かばかりの灯りを受けた夜桜は成程確かにちょっと怖い位の雰囲気がある。 ・・・境内にぎゅうぎゅうに店を並べている食い物屋の屋台だの、酔客だのがいなければの話だが。 手伝いがてら顔を出すと言った三蔵が声を掛けてくれたのに便乗してやって来た土曜の夜。 言いだしっぺの青年会の連中が警備だのはきちんとやってくれているようで、 寺の住職も副住職も三蔵も、夜桜(と酔客)を愛でつつそれでも畳敷きの床の上で正座して酒を組み交わし始め、 そこに青年会の年長メンバーが「今日は有難うございました」とぺこぺこ頭を下げながら一升瓶を二本ばかり差し入れて。 「三蔵くんも大きくなって。まま、一杯どうぞ」 「どうも。・・・どうぞ」 「やや、催促したつもりじゃなかったんだけど悪いねえ」 思ったより整然とした花見に持ち場を離れた青年会の連中が「春とは言っても夜はまだ冷えるねえ」 などと言いながらぽつりぽつりと顔を出し、寺の中ではただの飲み会が繰り広げられていた。 「それで、三蔵くんはどうなの」 「・・・何がです」 「そろそろ良い人とか見っけてないの」 「まあまあどうぞ。遠慮なく」 「おーっとっとっとと・・・。それでさ、若いコの方が良いの」 「・・・・・・」 「それでね、俺の職場にね、良い子がいるんだけど。ちょーっと何つうか、ぽっちゃりしてるんだけど」 「つまみは足りてますか」 「あー、すいませんねえ、だいじょーぶだから」 青年会っつうのは名称に偽りありだろ、それとも加入した時は青年だったっつう意味なのか。 作業ズボンにブルゾンと言ういでたちの良いトシしたおっさんに絡まれながら三蔵はソツなく、曖昧に、適当に対応する。 「あー、そっちのキミ。キミはどうかな」 酔ったおっさんが唐突に俺に矛先を変える。 「あー、もう、空じゃないか。さ、飲んでくださいよお」 「あ、ども」 注がれているのがコップでなければ溢れている事間違いなしっつう勢いでおっさんが一升瓶を傾ける。 「でね、キミはどうかなあ。本っ当に良いコなんだけどさあ」 今度は職場の女の子とやらを俺に勧めて来る。本当は誰でも良いんじゃねえの。 「あはは。俺は間に合ってるんで」 俺の言葉に、三蔵が思わず、と言った体で顔をこちらに向ける。 「そっかー、残念だなあ。職場のコ?」 「いや、違いますけど、仕事関係で知り合って」 何でそこまで訊くかなこのおっさんは、そう思うが完全に誤解してるらしい三蔵の、強張った表情を解す為に大声で答える。 「っかー、良いねえ」 そろそろ酔いが回って来たのだろう、ブルゾンのおっさんが赤い顔で首を振り振り感慨深げに言う。 「ええ、そうなんですよー。一つ上なんですけど、凄い美人で」 チーズ鱈をもしゃもしゃほおばりながら訊かれてない事まで自分から告げる。 だって、しょうがねえだろう。衆人環視の中、「バカ、違うって。お前の事だってば」なんて、三蔵に言う訳にはいかなかったから。 「良いねえ、良いねえ、・・・で、三蔵くんはどうなの」 話の矛先を俺に向けたつもりだったが、酔っ払いにはそんな事は関係なく話題がループする。 赤い頬のそのおっさんがくるりと振り返った時、既に三蔵はそこにはいなかった。 「ちょっと」 と言って酒席を離れた。そんな事はあり得ないと思うが、三蔵が俺の「間に合ってる」発言を誤解した侭だったらどうしよう、と。 酒が入って良い気分で足下に力が入らない自分と、同じく花見に浮かれて他人の存在も目に入ってない地元の人達と。 互いにおぼつかない足取りで行き違いながら、何とか桜並木の下を抜けて、三蔵の姿を発見する。 今の時期に花の咲かないが為に俄仕立てのライトアップも施される事すらなかった、異様にぶっとい樹に背を凭れて三蔵は立っていた。 「寒くねえ?」 まだ朝晩は冷える時期だと言うのに薄手の白いタートルネック一枚きりで、コートも羽織っていない三蔵に訊ねる。 「大丈夫だ」 「こんな暗いトコじゃなくて桜の下に行かねえの」 「人が多いからな。ここで良い」 「そう」 そうは言っても花見に赴いた人達がゾロゾロとひっきりなしに通って、花も咲いてない樹の回りに突っ立っている俺達に、 何か見るべきものでもあるのだろうかと幾つもの視線を投げ掛けられて居心地が悪い。 「・・・・・・」 それでも三蔵は、銀杏の樹の下から離れない。20mと離れていない処から聞こえて来る花見の喧噪。 だけど此処には出店の一つもない。 「あの、な。さっきの話だけど」 「助かった」 「え」 「横村・・・、さっき酒を注いでた人だ、あの人が・・・」 「ああ、あれ・・・」 普段からあまり表情の変わる事のない三蔵なので分かりにくかったが、実は困っていたのか。そうかそうか。 「適当に答えてたじゃん」 「しょーがねえだろ」 そりゃそうだ。 「えと、それで。誤解すんなよ。俺が「間に合ってる」って言ったのは」 一瞬、強い風が吹き桜の花びらが足下まで飛んで来る。 「分かってる」 ホントかよ。 「お前だけだからな」 「分かってる」 小さく俯いて、然しはっきりした声で三蔵が答える。 綺麗な横顔。長い睫。 「お前だけだから」 「しつこい」 顔も上げず即言われるのに、思わず小さく笑い出す。 「キスして良い?」 「調子に乗るな」 今度こそ三蔵は顔を上げる。暗がりの中で、その濃紫の瞳が殆ど漆黒にしか見えない事が残念だった。 「寒くなって来たな。戻ろうか」 「そうだな」 「焼きイカ買ってかねえ?」 「ガキか、てめえは」 そう言って、背中を預けていた樹から離れながら三蔵は煙草を取り出す。 web拍手再録。初出2006.4月。 背景に桜の花を使おうと思ったら、PCのHDに残してあるのは馬写真ばかりで花写真はほぼ消去済みでした。 な・・・何故・・・。 novel−パラレル |