My Hearts Cry




「今日はきっとディープインパクト関係で取材も沢山来てるんだろうな」
「だろうな」
「俺ら、インタビューされちゃったりして」
「そんな訳ねえだろ。取材されるとしたら何日も前から並んでるヤツラだろうが」
きしし、と笑いながら広げた新聞紙面に顔を埋める悟浄を三蔵はバカにしきった目つきで眺める。 同時に、「一番良い場所で見る為に」と何日も前から場所取りをして並んでいる人間の事をもバカらしい、と思う。 そんな事をしなくとも始発で来て開門ダッシュすればそれなりの場所がキープ出来るだろう。 数日来の宿泊グッズとカメラ機材を手に移動するより、軽装で訪れたヤツの方が当然移動速度は速い筈だ。
開門ダッシュは、稀に慌てて転んで骨折するバカ者もいると言う事で、主催側は推奨していないのだが。
並んでいるヤツラがウィナーズサークル狙いなのかゴール前狙いなのかパドック狙いなのかは分からないが、 そのいずれの場所もそこそこ広い、徹夜組の人間が全員最前列を奪取しても尚余りある位には。 仕事を休んでまでこの真冬に並ぶ必要などない筈だ。
「「今日はどの馬の応援に来ましたか?」って聞かれたら「ディープインパクトです!」って言った方が良いかなあ」
「だから取材なんかされねえよ」
何を浮かれているのだろう、三蔵は呆れて返答する。
確かにディープインパクトは強い。だが、その「俺がいっちば〜ん」 と言わんばかりに他馬に先立ち大差勝ちしてみせる姿に感動を覚え得ない人間だっている。
例えば、普段の悟浄とか。
いつもであれば間違ってもあんな人気の、 マスコミの作り出した英雄像を背負わされた馬なんて大喜びで応援する筈がないのに一体何を浮かれているのだか。
「「ディープだったらきっと無敗の4冠馬になると信じてます!」とか言っちゃって。TV放映されるかもよ、俺ら目立つし」
「それがどうした」
これだけの、10万以上の人間が詰めかけているのだ、多少目立つ容姿と雖も多数の中に埋没するに決まっている。
「ディープグッズとか身に付けとけばバッチリ?」
「そんなモンとっくに売り切れてるだろうが」
「そっか、ディープグッズの売り場の近くにいれば取材される確率も高いかも」
「人の話を聞け」
歩いているうちにGI焼き、今日は限定のディープインパクトのイラスト焼き印入りのディープインパクト焼き売り場の前に差し掛かる。 勿論そこには長蛇の列が出来ていた。
「あれだけ並んでたら焼いてるヤツは一日休む暇ねえだろうな。一日ああやってぺったんぺったん焼き印押してたら腱鞘炎になりそう」
「かもな」
焼き上がった大判焼きは、バーナーで炙られたコテを当てられる事でディープインパクト焼きとなる。 焼く方も、焼き印を押す方も一瞬も手を休める事なく働き続けているその光景の反対側に、物品販売のワゴンが出ていた。
「ディープグッズはともかく有馬限定グッズとかねえかな・・・うわー、凄え人混み」
「・・・・・・」
ぴたりと三蔵が脚を止める。
「どした?やっぱディープグッズ欲しくなった?」
悟浄は視力がかなり良い。離れた処からでも商品名の上に張られた手書きの「売り切れ」の文字を読む事が出来る。 まだメインレースまで3時間以上もあると言うのに、ディープインパクトグッズはあらかた「売り切れ」の文字が張られていた。 多数の商品が売り切れとなると不思議なもので、残っている他の商品を急いで買わないといけないような気がしてくるものだ。 今買わなくたってそのうち増産されて再び商品が店頭に並ぶのだと分かっていても。
三蔵もその不思議な心理に後押しされてディープインパクトグッズが欲しくなったのだろうか、悟浄はそう思ったのだが。
「違う。あれを見ろ」
視線だけで方向を示され、グッズ売り場から少し離れた処に取材らしきカメラと集音マイクを発見する。
「あ・・・ヘイゼルのヤツら取材されてる。チッ、先を越されたか」
「後も先もねえよ」
やっぱりもっと目立つ格好してくれば良かったかな、言いながら悟浄は少しだけその取材現場に近付いてみる。

「外国の方ですよね?今日はどの馬の応援にいらっしゃったんですか?」
「それは勿論ディープインパクトやね。無敗の三冠馬がいるゆうんで見に来ましたえ」

カメラ目線で優雅に微笑んでみせるヘイゼルのその返答は、 まるで普段競馬場になど来ないのに今日の為にわざわざ赴いた者であるかのように聞こえる。
本当は、ほぼ毎週来ているにも関わらず。のみならず地方競馬場にまで脚を運ぶ事もあるディープな競馬ファンにも関わらず。
「おー、言ってる言ってる・・・うおっ!?」
悔しげに言う悟浄は煙草を暫し手の中で弄び、間違えて吸い口の方に火を点ける。 勿論、火口の方が口元に来ていた為悟浄の口の中は煙草の葉でじゃりじゃりになっている。
「お前だって言うつもりだったろうが・・・」
「ヤツと買い目が被るのは面白くねえよな」
ぺっぺっと、口の中に張り付いてしまった煙草の葉を必死に吐き出しながら悟浄が言う。
「好きに買えば良いだろうが」
「うん、好きにする」
「ムキになるな・・・ったく」





後に悟浄はディープインパクト2着固定の馬単当たり馬券を手にする事になる。
それは、数時間後のお話。






タイトルこそハーツクライですが中身はディープインパクト話。そんな感じだった2005年有馬記念。 私の応援馬は、後に武●氏がローカル局でボロクソに悪口言っていたオースミハルカちゃんでした。 競馬サークルという狭い世界、競馬番組なんて見るのは限られた人間だけなんだから思っても言わなきゃ良いのに。



novel−競馬パラレル