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瑕疵
「盲目の最高僧ってのもハクがついて有難がられて良いんじゃねえの」 敵の攻撃を受け眼が見えなくなった自分に対し悟浄が言い放った言葉。 妖力を受けての一時的な症状であろうが恐らく妖力を解くには敵を倒すしか無く、それが遅れたら或いは、 そう言った八戒の台詞を受けて少し離れた処から投げ付けられた揶揄とは違う何処か捨て鉢なその台詞。 「冗談にしてはタチが悪いですよ」 八戒が咎めるようにそっと言った。 敵の攻撃を避けきれなかったのは自分の失態だ。 然し視えない瞳では悟浄がどんな表情でその言葉を言い放ったのか分からなかったが別段自分を揶揄うだとか冗談に紛らわす為に言った訳ではないのだと、 その言葉の調子から分かった。 悟浄から「エセ坊主」と言われる事は多々あっても「最高僧」である事を肯定する発言は滅多に発される事は無い。 極稀に口に載せられる時は調子の良い物言いをする普段の態度とは違う硬質な、皮肉を含んだ口振りになる。自分自身に対して。 悟浄が捨て鉢になっている事と俺の立場が一体どんな風に関連しているのかはそれこそ河童ではないと分かりはしない理屈が働いているのであろうが、 とにかく機嫌の悪い時の悟浄はこんな口の利き方をする。 久し振りに聞く自棄を起こした口調から何か面白くない事態が自分の知らない処で河童の上に降りかかっているらしい事は恐らく八戒にも分かっているであろうが八戒はそれを自分に知らせる事は無い。 イヤになる位いつもと同じか、其れ以上に愛想良く、タチの悪い振る舞いを仕掛けてくる。 「林檎とかどうですか。剥きますよ、僕」 損な性分だなこいつは。 悟空のように苛立ちも露わに飛び出して行く事も、悟浄のように一人何かを抱えた侭「散歩」と嘘をついて出て行く事も出来ず。 気休めに過ぎないと分かっているにも関わらず「気」を当てる事で症状の進行を食い止められると、 自分でも信じていない行為の為に一人宿に留まらなくてはならないとは。 まだ「打開策を探しに行ってる」と理由付けの出来る外歩きの方が気も楽だろうに。 例えば。 眼など見えなくても構わないのだと告げたらどうするのだろうこいつらは。 眼が見えなくとも旅は続けられる。何しろ自分の足で歩き廻っていた頃と違って今はジープの座席に座っているだけだ。 聖天経文は・・・ 所在の近くになったら恐らくこの双肩に掛かった魔天経文と同じく余人には分からないだろうが法力のある者には察せられるその独特の気配で存在を感知出来るだろうと思う。 取り戻す為の戦いは、ムカつくが下僕共に任せてしまえば良い。 ・・・ああ、でも。下僕共では恐らく経文に書いてある文言を自分の代わりに読み上げる事は出来ないだろう。それは、流石に困る。 そう思ったが八戒が気にするだろうから溜息は吐かなかった。 一見、眼が見えないなど嘘ではないだろうかと思う程過たずこちらを真っ直ぐ見据えて来る瞳が本当に見えていないのだと思い知らされる。 例えば、悟浄の頭に振り下ろされる筈のハリセンが宿の備品の花瓶を叩き割った時。 部屋の入り口も階段も難なくすいすい歩いていたくせに眼の見えていた時に眼にしていなかった場所、 例えば雪に埋もれた庭でものの見事にすっ転んで盛大に「雪の妖精」を拵えた時。 銜えた煙草の先に火を灯す動作は指が覚えているらしく距離を間違えず一度で確実に点火していたくせに、 サイドテーブルに置いたコーヒーカップは両手で探るように取り上げた時。 世話を焼かれる事を拒絶しながらも「何かしていた方がマシなんですよ。・・・僕も」と甘えてみせれば無言で手当てさせてくれる。 三蔵はこんな時でもギリギリになりそうな自分に救いの手を差し伸べてくれる。 眼の見えていない当の三蔵を「苛立っている」ときつく叱りつける自分の方こそ、 三蔵よりも先に神経が焼き切れてしまいそうだと思う。 一番辛い筈の三蔵に自分が甘えている事も甘やかされている事も自覚している。 信じ難い事だがあの悟空が食事を忘れて三蔵の瞳に掛けられた妖力を解く為に早朝から夜遅くまで駆けずり廻っている。 一日アテもなく外を走り廻っていれば何がどうなると言うものでも無い、 冷静な部分の自分はそう判断しているがでは悟空にどうさせたら良いのか、何を言ったら良いのかと言うとそれも分からない。 必死になり過ぎていて今の悟空は痛々しいと思うが、 悟空と三蔵は肉親以上の特殊な繋がりがあるのだからそれも無理からぬ事なのだろう。 悟浄は何も言わなかったが恐らく手掛かりになる何かを掴んでいる。 悟空のように「三蔵の為に」と言う気持ちを剥き出しにこそしていなかったが何かは敢えて言わず、自分に三蔵を任せて出て行った。 頼む、とは言われなかったが。わざわざ三蔵に勝手に動き回るなと釘を差してから宿を出たという事は自分の読みは間違っていないだろう。 ささくれだった心で、わざと三蔵を傷付けるような発言をして。 二人、違う形で三蔵の事を想っている。 自分も二人のように外に出て行って手掛かりを探したいと思う。 眼の見えない今の三蔵を一人置いて行きたくないと思う。 どう、したいのか。自分は。 悟空や悟浄のように熱情の侭に行動する事さえ自分には出来ない。 迷いが多過ぎるのだ、自分には。惑う自分をいつも導いてくれるのが三蔵だった。 こんな状況に、三蔵は普段の尊大な態度が嘘のように悟空や悟浄に「俺の為にキリキリ働いて来い」とは命じない。 無理矢理手当を受けるよう仕向けなければ手当さえ拒み黙っているだけだ。 しょりしょり・・・ 気持ちを落ち着ける為に厨房の片隅で三蔵には「いらん」と言われた林檎の皮を剥く。ウサギ林檎だ。我ながら可愛く出来た。 この地方の林檎は小ぶりながらも赤が強いので皮を剥かれ晒された白い林檎の果肉と残された赤い皮のコントラストが綺麗だった。 だが三蔵にはこの力作は見えはしないのだと皿に林檎をよそいつけながらふと気持ちが暗くなる。 瞼を閉じて林檎を一切れ口に運んでみる。 甘くて固い塊を前歯で、臼歯で噛み砕いても尚微妙に口に残る紙のような歯応えから皮が残っていたのであろう事が伺い知れた。 眼が見えなければその口内に残る皮が元は燕尾服の裾の様な優美な形だった事さえ分かりはしないのだろう。 眼が見えないと言うのはどんな気持ちだろう。例えばこの残った左目を抉り出してみれば分かるだろうか。 例えば三蔵の瞳がこの侭見えるようにならなかったら三蔵の菫色の眼球を抉り出して自分と同じく義眼を嵌め込めば僅かなりと雖も視力が戻るのだろうか。 見えていないにも関わらず三蔵は瞳を見開いた侭でいる。 椅子に腰掛けきちんと背筋を伸ばし焦点の合わぬ侭何処か遠くを見つめている風な三蔵は綺麗な人形じみていてジープさえも寄り付きはしなかった。 完璧な造形を保つ不完全な人形。 瑕疵があろうとも三蔵は三蔵である事に違いは無いのに。 それでも三蔵のあの、紫の瞳が自分達を映していないのだと思うと正気ではいられないのだ。 三蔵が不完全である事に浮き立つ自分達は、こんなにも心弱い。 ドラマCD「des SILVER」ネタ。 知らない方でも大丈夫な仕上がりだと思いますが一時的に眼が見えなくなった三蔵の話です。 初めて聞いた時冒頭の台詞が53の裏悟浄ぽくて吃驚しました。53を意識して書いたのに何だか83ぽく・・・。 novel |