片恋
「三蔵って美味しくなさそうに食べますよね」「どんな顔でメシを食おうが俺の勝手だ」
ぽそりと呟かれた台詞に三蔵は表情一つ変えない。つまりは、八戒の台詞に含まれた要求に応える事はしなかった。
「だってたまには労って欲しいじゃないですか。 悟空のように美味しいものは美味しいと、美味しくないものにはそれなりの反応をしてくれたら腕の振るい甲斐があるのに」
「八戒の作るモンは不味くなんかねえぞ?」
「あはは、有難うございます」
良いじゃねえか別に。
言葉ではっきりと誉められる事はなくたって、こういった飯屋では三蔵はひたすら酒を飲んでばかりで料理にロクに手を付けはしない。 八戒の作った料理を食う時と違って。 悟空のように威勢良く「おかわり!」と言いこそしないが三蔵のヤツは八戒が作った料理には黙々と箸を伸ばす。
三蔵の好きそうな味付け、三蔵の好きそうな料理を大量の料理の中に一皿二皿忍ばせているお前だって本当はそんな事気付いているクセに。
参ったね、どうにも。
こりゃ重症だ、と思う。
無理だ。
無理。
ぜってー無理なのに。
ライバルだって多そうだし。
あの寺にいた奴らだって絶対何人かは三蔵を狙ってた。
特にいつも俺を睨んでたアイツなんかは間違いない。 服装も剃髪した頭も一緒の坊主共の顔なんてロクに見分けも付かないがアイツの顔だけはよく覚えている。 三蔵の所に俺が出向く時は興味なさそうにそっぽ向いてるのに、帰る時には肩越しに振り返り心底憎々しげに無言で睨んで来たから。
三蔵は鈍いから一部のヤツラに俺が疎まれている本当の理由なんか気付いちゃいなかったろうが。
でも三蔵を狙ってるヤツラの中だったら顔は俺が一番だろ。あのいけすかないヤツ以外はどいつの顔もウロ覚えだが。
でもだからと言って好きになって貰えるとは限らない。
年下が好きなのかも知れないし。 ちら、と意地汚く食い続ける悟空を見ながらテーブルの上に投げ出していた煙草に手を伸ばす。
いや待て、俺も年下だった。いっこだけだけど。
・・・でも、だからと言って好きになって貰える訳じゃあねえしな。
思考がぐるぐると無駄に巡る。
幾ら考えたって無駄なのに。
無理に決まってるのに。
絶対無理なのに。
面白くなさそうな顔で箸を置いて三蔵はビールを飲み続ける。
目の前の皿に載っているのが八戒の作った料理じゃないからだ。
あんなつまんなそうなツラする程不味い訳でもねえのに。
出された料理に無条件に箸を着ける程に信頼されている八戒の事を羨ましい、 と思いたくなるが今更八戒のように世話焼きをするのもワザとらしいし。
どーすりゃ良いのよ。ってどうにもならねえよな。今更。
本当に今更、だ。
三蔵に倣ってって訳でもないがビールジョッキを傾ける。
このクソ暑い時期に日中無駄に一働きして無駄に汗を流した後ともなれば美味くない筈のないビールの味も分からない。 店に入って最初の一杯は乾きを癒してくれるのはコレしかない、って位に感じてたのに。
八戒の台詞を聞いた後は麦の味を感じ取れる事もなく、ひたすらに腹の膨れる水分としか思えない。
こんなにも重症なのに。
自分の気持ちに気付くのが遅過ぎた。
でも早くに気付いてたらどうにかなったかと言うと、矢張りどうにもならなかった気がする。 初対面で殴り合ってお互い第一印象からしてサイアクだったし。
毎日毎日、こんなに近くにいるのに悟空や八戒のように三蔵の隣でへらへら笑う事が出来ない。
好きになればなる程自分がミジメになるなんてのは実に久し振りの事だった。
その、数少ない遠い思い出と比較してみればますます絶望感は募る。
やっぱ無理だろ、無理。
・・・諦めねえと。
早く諦めなくちゃいけないのに。