your kiss.
「もしもし」
『もしもし、三蔵?』
そう言った筈だったが声帯から零れて行ったのはただの呼気。
「・・・もしもし?」
携帯越しの音声でさえ何処か蠱惑的な低い声が不審気に同じ言葉を繰り返す。
『今日の約束だけどさ』
「・・・イタ電か?」
『イヤ、そんな事しねえって!』
慌ててそう言った筈なのに咽の奥からはひゅうひゅうとすきま風のような音しか発されて行かない。
「てめえの番号は登録してあるからディスプレイに表示されてんだ。無駄な事すんな」
『イヤ、だからイタ電じゃねえって!』
ムキになって大声を出した(つもり)ものだから弱り切った咽からは空咳が数回。
「・・・「はい」だったら一回、「いいえ」だったら二回、何でも良いから合図して答えろ。声が出ないのか?」
ぱっちん。
「・・・何だ今のは」
『指鳴らしたんだけど。俺得意なのよコレ』
「まあ良い。風邪か?」
ぱちん。
「・・・看病が必要か?」
『来ちゃ駄目。伝染ったらどうすんの』
ぱちんぱちん。
「・・・これから行く」
『駄目だって。部屋片付けてねーしっ!』
ぱちんぱちん。
「行くからな」
ぱちぱちぱち・・・。
必死に指を鳴らすも空しく電話は切れてしまった。慌てて三蔵の携帯に電話する。
「・・・何だ」
『三蔵に風邪伝染したくないんだってば!来るなっつうの!』
「・・・声も出ないのに電話なんかすんじゃねえよ。バーカ」
風邪と言えば粥だろう。
インスタントは問題外だが米から炊くと時間が掛かるので握り飯(本当はただの白米が良かったのだが置いてなかった。
まあこれでも用は足りるだろう)とゼリーを買ってから悟浄の家を訪ねた。
「・・・・・・」
然し、然しだ。
「何も入ってねえ・・・」
そういえば以前自炊しないと言っていた、酒とツマミしか入っていない冷蔵庫の前で呆然と。
頭の中には冷蔵庫一杯に酒の入った某CMの光景が巡る。
結局冷蔵庫の中からは粥の具に使えそうなものは発見出来ず握り飯(梅干し入り)を解して煮ただけの梅干し粥になってしまった。
こんな事もあろうかと万能葱も買ってきておいて良かった。最近のコンビニは色々置いてあって便利だ。
そう思いながら流しの下の扉を開ける。包丁は水回りに置いてあるものと相場が決まっている。
暫し目で探した後無事包丁の取っ手らしきものを見付けすらりと引き抜く。
「・・・・・・」
流しの下ではよく見えなかったが明るい処で見てみればそれは赤錆だらけだった。
「書くものはないか」
三蔵がそう言うものだから学生の頃に買ったものの使い切らずそれでも何となく捨てずに取っておいたルーズリーフを机の中から探し出して来た。
捨てなくて良かった。自分で使うのかと思ったがそれを三蔵に渡そうとすると逆に突き返された。
「?」
不思議に思いつつ声が出ないので黙っていると矢張り三蔵も黙って紙を指差してからペンを持った。
『書け』
『ヒツダン?』
そう、書いたら
『筆談』
漢字に直された。
『寝てなくて良いのか』
『熱はないんだ』
三蔵は喋れるのにわざわざ付き合いで字を書いてくれている。
『何でゼリー?』
『?』
『おみまいってフツーいちごとかメロンじゃねえ?』
『図々しいことぬかすな』
さらさらと紙にペンを走らせる三蔵のその手は、左手。
『さんぞって両ききだよな?右でも字書ける?』
そう書いたら三蔵はペンを右手に持ち替えた。
『どっちでも書ける』
『両手でいっぺんに書ける?』
そう書いて自分の使っているペンを渡したら
『ヘタレ河童』
『悟浄』
・・・そう、書かれた。器用な事で・・・。
三蔵の看病のお陰で夕方には少し声が出るようになった。
「溜まってた駅前で貰う金貸しのティッシュが片付いたヨ」
「無理して喋んな」
「知ってる?紙がゴワゴワの質の良くないの配ってる処ってそのうち潰れちゃうんだよ」
「本当に余裕が無けりゃティッシュなんて配ってないんじゃねえのか?」
「処がそうじゃないんだよね。たかがティッシュに見栄が張れるかどうかが結構重要なんだネ」
そう言いながら再びポケティに手を伸ばす。今度はα○MC(←伏せ字になってない)のティッシュだ。
「あ、ココのティッシュは柔らかくて良いんだぜ」
「もう良いから寝てろ」
「イヤ、ほんとに熱は無いんだって。咳だけで」
「夕飯、何が喰いたい。買い物に行くが」
「ええとね、栄養の付くモノ」
「・・・分かった」
「それから三蔵」
「寄るな伝染る」
顔を近付けたら遠慮なくぐいぐい押し戻された。ひでえよ三蔵。
「今日はありがとな」
いつもだったら泊まっていく三蔵だが今日は伝染すワケにはいかないので帰ってもらう。
「大した事はしちゃいねえよ。それより今日は早く寝ろよ」
「ん。おやすみ」
今更手遅れかも知れないがあんまり近寄らないようにしてドアの所でひらひらと手を振って別れを告げる。
「オヤスミ」
そう、言葉を返したかと思うと三蔵が顔を近付けて来た。
触れるだけのキス。
そして乱暴にドアを閉めて去って行く足音。
「・・・やられた」
「これ、作りすぎたんで良かったらどうぞ」
隣に住む八戒が皿に載せて持って来た鰹と茄子の煮物を有り難く受け取って夕飯時に暖め直していた時の事だ。匂いがしない。
味が薄いのかと思って口を付けてみたがそういう訳でもないらしい。
あいつが料理を失敗するなんて珍しい事もあるもんだ。
濃過ぎもせず薄過ぎもせず良い感じに味の染み渡っている、箸で程良くほろりと崩れる煮物を口に運びながら不思議に思った。
不味くはないので失敗したとは言い切れないが味はするのに匂いのしない料理を作るのも難しいだろうに。
その自分の認識が間違っていたと知るのは味噌汁を作っていた時の事だった。
味噌汁の匂いがしないなんて事はあり得ない。味噌が足りなくて匂いがしないという訳でもない事は分かる、いつも通りに作った筈だ。
つまり、どうやらバカになっているのは自分の鼻のようだった。
「・・・ゴメンな」
「何だが」
「伝染ったでしょ、風邪」
「大した事はない」
「お見舞はやっぱゼリーが良い?」
「満願堂の芋きん」
「げっ!」
「何だそのげ、ってのは」
「だって満願堂ってあの満願堂でしょ・・・すげー列出来てるとこ」
「(溜息)・・・イヤならいい」
「イヤごめん!ぜってー買ってくから!並ぶからちょっと遅くなるけど良い?」
「ああ」
夏風邪ひいた時BBSで書き付けていたものの再録。一部ログを取り損ね。
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パラレル