恋をしよう、ゆっくり。
恋をした。
キスをした。
だけどそれ以上の事は出来なかった。フラれた訳じゃない。
俺の肩を殴り付けるその手が立てる音ときたら拳の形なのに「ぺちぺち」 なんて可愛らしい音で全然力なんか入ってなかった。 必死になって俺の体を押し退けるその手が細かく震えてた。 きつく唇を噛んで悲鳴も上げず時折咽の奥でしゃくり上げるように細い声を上げていた。 ポーズだけの抵抗っつう訳じゃなくてつまりそーゆー事だった。
体を離すと食い入るように俺を見返しながら脱がし損ねた法衣を掻き合わせた、その指も強張っていた。 滅茶苦茶に頭を振っていたから髪がばさばさに乱れていた。 強く噛み過ぎた所為でぼろぼろになって血の滲んでいるその唇からは非難の言葉は一言も零される事はなかったが、 俺は酷い事をしたんだなと思った。
ただ、人を好きになっただけだったのに。







結局本当の名前を知る事も無かった、三蔵のものより淡い色の金の髪をした「カミサマ」 の城の跡地を発って夕陽に向かってジープを走らせた、三蔵サマが。
宿になんか泊めて貰えそうもない程ずたぼろの酷い有様のトコロを三蔵法師様のご威光でどうにか宿を取って無事チェックインを済ませ、 汚れを落とした後はメシも喰わず柔らかい寝台に潜り込んだ三蔵は、 夜中に一度目を覚まして恐らく煙草を吸いに行ったのだろうが何処かにふらりと消え、 三蔵が再び部屋に戻って来るのを待たず俺は眠りに落ちた。 何しろ幾ら頑丈な俺だって大活躍の後だったしそれなりに疲れていたのだ。
目が覚めた時は陽が昇り切っているらしく室内が何となく明るくなっていたが、 驚いた事に三蔵は未だすやすやと寝台の上で寝息を立てていた。 普段は八戒と張る位早起きだし第一昨日っからメシも喰ってねえのに腹減らねえのかよこいつ、 と歯を磨きながら半ば呆れつつその寝顔を見下ろした。
無防備に薄く開いた唇。目を閉じていると一際目立つお人形のように長い睫毛。 毛布を上から引っ被っていても分かる細っこい躯。
ああ、この人の事が好きなんだな、と思う。面と向かっては言えないが。
「・・・・・・」
しかしかしか。
歯を磨いていて良かったと思う。口が空いてたらキスしたくなっていた。 あの時から一度も口付けていない柔らかい唇に。





物陰で抱きすくめて顎を掴んで無理矢理上向かせるといつも少し困ったように顔を顰めた。 それでも俺の腕から逃げる事はなくて唇を離した後はそうっと伏し目がちに目を逸らした。
口数の少ない三蔵が言葉以上に雄弁に「惑っている」と告げていた揺れる瞳を無視して一気に距離を詰めようとしたのは、俺だ。
堅物の三蔵が俺との間に赦してくれる距離が少しづつ、焦れったい程にゆっくりと縮まりつつあった。
待てなかったのは、俺だ。
だからあの不器用なキスを俺は二度と求める事は出来ないんだと思った。再びキスしたらそれ以上の事を求めてしまいそうだった。






執拗に眺める先、三蔵は未だ目を覚まさない。
どうしてこんな風に無防備な表情を晒すんだろう。 俺の事は他人だと割り切ってきっぱり冷たい態度でも示してくれれば良いのに。 未だ俺はあんたに未練タラタラなのに俺の前で緊張を解ききっている姿を見たら誤解してしまう。
そっと手を伸ばした。
「・・・・・・」
指先で幾らなぞっても飽きる事のない柔らかい唇は温かい。
「ん・・・」
唇に触れられ流石に目が覚めてきたのか三蔵が眉根を寄せて薄く瞼を開く。 ふるふると緩く震える長い金色の睫毛の下、紫水晶の色にも似た瞳が顕れ始める。
ああ、綺麗だな、とバカのように思う。
じっと眺めていたのがバレる前に背中を向けて洗面台で殊更にゆっくりと口を漱ぐ。 乱暴にタオルで口の周りを拭ってから振り返ると漸く三蔵は寝台の上に身を起こした所だった。
「オハヨ」
「・・・・・・」
寝ている時は可愛いのに起きた早々(いや、起きたばかりだからか?) 眉間に深い皺を刻んでむっつりと唇を引き結んだ不機嫌そうな表情で俺の挨拶を無視して、 三蔵はベッドの下の草履に素足を突っ込もうとした。
寝起きで怠い筈なのに一々仕草の綺麗な三蔵はその時も水溜まりの中に爪先立ちで降り立つかのようにぴんと足先を張り詰めていた。 まるで水鳥のように。
「・・・なあ、あんた足どうかしたの」
その綺麗な足首は然し無惨にも腫れて変形していた。どうしたもこうしたもない。捻っているのは一目瞭然だった。
「てめえには関係ねえ」
寝ているうちに勝手にベッドの中で大暴れして痛めたとでも言うのならともかく、 そんな事は勿論あるワケないので三蔵が足首を痛めたのは昨日のうちの事だろう。 カミサマの城へ向かっている途中かカミサマに喧嘩売ってる最中の事か、それとも最後に大慌てで崩壊する城から逃げ出している時の事か。
更に言うならその足でジープの運転を続けたと言う事だ、信じらんねえこの坊主。
「ちょっと待ってな」
勿論そう言う俺の言葉に耳を傾けるヤツではなく、俺がしゃがみこんで荷物をごそごそと漁っている間に三蔵はとっとと着替え始めた。
「ホラ、コレ」
俺が振り返った時は既に三蔵は後は法衣を羽織るだけ、という格好になっていたのでむっとしつつ、呆れた。
「ちっと位待てねえのかよ」
「・・・何だそれは」
溜息を吐きながら手の中のものをひらひらとかざすと多少は興味を持ったようで三蔵が訊ねた。
「冷えピタ。コレ貼ると良いぜ」
本来は熱が出た時に額に貼るものだが多分捻挫にも効くだろう。
ベッドの端に腰掛けるよう目で伝えて三蔵の足下にしゃがみ込む。 踝からジーンズを捲り上げてぺろと薄いセロファンをはがして水色のぷるぷるの面を筋張った足首に貼り付ける。
「ど?」
名前の通りひやりと冷たい感触に驚いたのだろう、ぴくりと足が震えるのに顔を上げると興味津々にこちらを伺っていた三蔵と目が合った。
俺を見下ろして来る異国の人間のような紫色の瞳に、揺れる金色の髪が半ば覆い被さり陰を落としている。
床に膝を着いた侭ゆっくりと伸び上がって口付ける。 自分から身を折ることはしなかったが近付いて来る唇から顔を遠ざける事もせず三蔵は触れられるが侭になっていた。 目を閉じて三蔵は唇を開いた。唇の間から少しだけ舌先を割り込ませてみると応えるように遠慮がちに三蔵のそれが触れて来る。 痩身に縋り付くように上体を起こしてその身を抱き込んでのしかかってシーツの上にそうっと躯を押し付ける。 三蔵は抵抗しない。
ああ、なんだこんな簡単な事だったんだ。
急がず丁寧に距離を詰めれば良かったと、それだけの事だったんだ。
震える三蔵を抱く事が出来なかったあの日から、これで終わりだと思って勝手に自己完結していた自分がバカみてえだった。
三蔵の胸、心臓の上にことりと頭を乗せてくつくつと笑う。
「何が可笑しいバ河童」
薄い胸に頬を置いている為その表情は見えないが不機嫌そうな、つまりいつもと同じ声音で三蔵が可愛くない事を言う。
「ああ・・・すっげ幸せ」

2005年5月、「灰と蜃気楼」日月メイ様主催53の日企画「53DISPLAY」に参加させて頂きました。再録。
タイトルは●ントリー烏龍茶のキャッチコピーより。

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