ever luster
「話したい事がある」
と言って俺を呼び出した三蔵に、
「そうなの?俺もあんたに話があったんだよね」
と言ってみたのはカレンダーを見上げて日付に気付いた時に浮かんだちょっとした悪戯心の所為だった。
「八戒はどうした」
そう訊ねられ
「近所の子供預かってくれって言われちゃって」
そう、答えたら子供を預かる即ちそれだけ地域に溶け込んでいると言う事だと安心したのだろう、少し三蔵の表情が軟らかくなった。
それが少し面白くなかった所為でもある。てめえが他のヤツらにどう思われているか、
なんて事にはこれっぽっちも関心を持っていないクセに三蔵は悟空と、それから三蔵が身元を引き受けている八戒の事を常に気に掛けている、
本人は表だって認めてはいないが。
「・・・何だ。言ってみろ」
微かに眉根を寄せて言うのに
「あんたが呼び出したんだからあんたの話を聞いてからで良いよ」
そう軽く言うと三蔵は西へ行く事になったと、それから驚いた事に三仏神からの命で俺と八戒も同行者として指定されていると告げた。
「但し生命の保証は出来ない。命が惜しければ断っても良い」
と俺達の同行について大して期待もしていないような、
義務だから伝えてやったと言わんばかりの、近所に回覧板でも届けるかの如き事務的な態度で付け加えた。
「そっか・・・んじゃ、帰って八戒にも話してみるわ」
行く、とワザと即答はしなかった。
その方がこれから話す事に都合が良かったからだ。
「で、てめえの話ってのは」
色好い返事が返って来なかった事を気にも留めた様子も無く袂の煙草を探りながら三蔵が切り出す。
「その事なんだけどさあ。終わりにしない?オレ達」
取り出した煙草を口元に運ぶ手を三蔵が止めたのに気付かない振りでライターに火を灯す。
「男同士でこんな関係っつうのもオカシイし。何よりあんた尊い三蔵法師様だし、こんな事バレたらヤバイでしょ」
自分の煙草に火を点けてからわざとらしく三蔵の前に火を点した侭のジッポをかざしてやると条件反射のように三蔵は煙草を口にした。
「ね?」
片眉を持ち上げて茶目っ気たっぷりに尋ねてやる。
「・・・そうだな」
伏し目がちに煙草の先に視線を落としながら無表情で、つまりいつもと同じような表情で三蔵は声を荒らげる事もなく同意した。
どうせ冗談だと思っているにしろあまりにもあっさりし過ぎていてこっちが拍子抜けしてしまう。
あらら、三蔵様その反応はないっしょ、と内心でツッコミを入れていると喧しい足音と共に悟空が颱風のような勢いで部屋に駆け込んで来た。
「さんぞーっ!」
「此処には来るなと言っておいた筈だぞ」
「だってどうせ客って言っても悟浄じゃん」
「どうせっつうのは何だよ」
客を客とも思っていない態度でけろっと告げる悟空にヘッドロックをかます。
「あれ?八戒は?」
技がキまってるのに大してこたえてもいない様子で辺りを見回した悟空が訊ねる。
「八戒は用があるそうだ・・・悟浄。サルを連れて部屋から出てろ」
「あん?何でよ」
「仕事があんだよ」
悟空の問いに俺が答えるより先に三蔵が答え、続けた言葉に悟空の頭を腕に絡めた侭訊ねると面倒くさそうにそう言われた。
「・・・んだよ俺はサルの飼育係じゃねえぞ」
「サルじゃねえって言ってんだろっ!」
「へーへー、すんませんねえ。じゃ食欲ザル脳味噌胃袋ザル大食らいザル・・・」
「っんだとこのエロ河童ー!」
「・・・喧しいっ!」
スパスパーン!!
ハリセンを喰らい慌てて逃げ出したが実はその侭帰った訳ではなかった。
寺を出て飯を喰ったりして適当に時間を潰した後、
寺時刻で言うと夜遅いうちになるのだろうが俺にとってはまだ夜とも言えないような時間に塀を乗り越えて再び寺に舞い戻った。
途中で拾っておいた小石を未だ明かりの点いている窓に向かって投げる。
コツン。
少し間をおいて再度小石を投げる。
コツン。
夜の静寂に響く小さい然し高い音は密やかな逢瀬の合図。部屋の中の人物が窓を開ける気配は無い。
コツン。コツン。
コツン。コツン。コツン。
いつもだったら掌中の石ころが無くなる前に開かれる窓が今夜は未だ開け放たれない。
いねえのかな?
そう思いながら手持ちの石が尽きてしまったので足下の石を狙い定めて投げ上げる。
ガツン。
うわ、ちょっと音大きかったかも。
「うるせえっ!」
そう思った時辺りを憚るように小声で罵りながら漸く部屋の主が窓から顔を出した。
「ゴメン・・・でも窓割れなかったから勘弁して?」
面白くなさそうに眉間に皺を寄せている三蔵に向かっててめえがとっとと窓開けねえからだろうが、とは言わない。
明かりが点いてはいても部屋にいなかっただけかも知れない。実際今迄にそんな事は幾度となくあったので。
言いながら軽く飛び上がり窓下の庇を足掛かりに一気に三蔵の部屋の窓まで飛ぶ。
「何しに来た・・・?」
片目を眇めながら三蔵が袂の煙草を取り出して言う。
「つれねえのー。ホラ、ちゃんと土産も持って来たって」
酒瓶を目の前に出してやるとフン、と鼻を鳴らしながらそれでも三蔵はコップを二つ用意してくれる為に背中を向けた。
国士無双。冷やで飲んだ方が断然美味いこの酒を冷蔵庫に入れる事なく常温で飲めるのもあと少しだろう。
本当は香りの高い酒だと自室で飲酒していた事が小坊主共にバレやすいので(飲まないヤツは匂いに敏感だからな)
ビールとかの方が良いんだろうが、以前着いた早々ビールを開けたらビニル袋の中でゴロゴロしてるのをさして気にも留めていなかった所為だろう、
泡が吹き出して机の上の書類を濡らしてしまい手酷く三蔵に叱られたのだ。
「・・・で?八戒はどうするって?」
「あ?」
二人きりになったからと言ってすぐ色っぽい話をする訳じゃなくこうして酒を飲みながらどうでも良い話をするのが常だったが簡素な私室の矢張り簡素な寝台に並んで腰掛けコップの中身を煽りながら三蔵が訊ねているのが何の事か暫く分からなかった。
「西に行くと言っただろう。・・・何だ八戒の返事を聞いて来た訳じゃなかったのか」
「あ、ああ。悪いな。まだ八戒には言ってねえよ」
「そうか。まあ無理にとは言わんが1、2週間中には出立する事になるから早いうちに伝えろ」
「何?そんな急なの?」
「事態は急を要すると言っただろう。話を聞いてなかったのか」
「いや、聞いてたけどさ・・・」
俺はともかく八戒がどうするかは分からないがそんな急じゃ決意ってもんがさ・・・。
「昼も言ったが生きて帰れるか保証はしない。身辺を整理する決意が付かないようだったら同行しなくて構わん」
グラスを干した三蔵に催促される前に酒を注ぎ足してやる。実は結構三蔵は酒に強い。坊主のクセに。
「いや、そうじゃなくさ」
「そうじゃなく、何だ」
グラスをきつく握り締めたかと思うと三蔵は注いだばかりの酒を一息で飲み干した。
「言いにくいなら言ってやる。女と別れたくねえなら別に無理に付いて来る必要はない」
「・・・・・・は?」
「今更空っとぼけたフリすんじゃねえよ。てめえが言ったんだろうが」
ずっと横を向いていた三蔵が漸くこちらを向いて視線を合わせた。その頬にも瞳にも酔いは見えなかったが。
「あ、いや・・・三蔵もしかして」
それってもしかして昼に俺が言った・・・。
「てめえに他に付き合ってるヤツがいると気が付かないとでも思ったのか」
「ちょっと待って!今日、何日か知ってる?」
「ああ?何言ってやがる」
「いいから!」
「ふざけてんのかてめえ。1日だろうが」
話の腰を折られたとばかりに不機嫌そうに三蔵が即答する。
「そうじゃなくて、何月何日?」
「何だってんだ一体。4月1日だ」
「あのさ、4月1日って何の日だか知ってる・・・?」
タレ目のくせに眉だけはきりきりと吊り上がらせて三蔵がこちらを睨み付けて来る。
「・・・ああ・・・?」
これは、あれだ。もしかして。
「三蔵。エイプリルフールって知ってる?」
「・・・何だそれは」
その一言で俺の疑惑は確信となった。
今時エイプリルフールも知らない純朴なヤツがいたと思いもよらなかった俺が悪いと言えるヤツがいるだろうか。
だが然し、「嘘を吐いても赦される日」を知らない人間に、俺はよりによって何て事を言ってしまったのだろう。
俺の言葉を真実だと信じていた三蔵の、俺が「終わりにしよう」と告げた時の泣いて縋りもしない代わり怒りもしない、
ただ淡々と事実を受け止めようとしていた姿を思い出す。
悟空と一緒に部屋を出て行けと告げた姿を思い出す。
先程俺の為に窓を開けてくれた時の表情の消えた顔を思い出す。
「ごめん。嘘。全部嘘」
何時か、俺が本当に別れを切り出す日が来たとしても、三蔵は今日のように俺の心変わりを責める事も無く一人で痛みに耐えるのだろう。
その事が分かってしまった。
三蔵は、強い。
俺のように過ぎた事をうだうだ引きずって足掻いて初対面の人間に拘泥をぶちまけたりするような無様な真似は絶対しない。
だがそれは三蔵が何も感じていないからではなくて。
「俺が付き合ってんのはあんた一人で、整理するような身辺なんてありゃしねえんだよ。西に行く。
八戒はどうかまだ分かんねえけど俺はあんたと一緒に西に行く」
一息で言って三蔵を抱き締めた。その細身の躯をまるで初めて抱くものであるかのように触れた掌でしっかり法衣の下の皮膚を感じ取る。
「・・・どれが嘘なんだ?」
表情は見えないが三蔵が困惑している事は声で分かった。
嘘じゃねえよと言う前にまずはエイプリルフールの事から説明してやらなくては、そう思いながら抱き寄せる腕に力を込めた。