metoro
「ね、今度さ、悟浄の家行っても良い?」
「あ?」
見下ろした視線の先にはこの寒いのに大きく襟ぐりの開いたセーターにミニスカートにロングブーツ。 ブーツとスカートの間の素足が冷たそうだ。その張り切った姿を道行く人間に見せびらかすように腕を組んで歩く。 寒くねえのかなとか一瞬考えるがゴムマリでも入っているかのように盛り上がった胸の谷間が嬉しいので敢えて問わない。
「ご飯作ったげる。悟浄の事だからいつもはコンビニのお弁当とかでしょ?」
よけーなお世話だっつうの。
「これでもあたし結構料理得意なんだから」
料理上手な女に男が心を揺らがせない筈がないと得意満面の笑顔を浮かべるのを見てうぜえ、と思った。
愛情の籠もった手料理なんてマジ気持ち悪いし。
「俺、あんまり味の違いとか分かんねえんだケド」
「あーもー、悟浄ってそうだよねー」
コンビニで買えば良いじゃん、とかなんとか言いながらさてこのコとはあとどれ続くだろうかと考える。
何でいつも外でメシ喰ってんだか分かんねえんだろうか。お前の手料理が食いてえよ、と言う密かなメッセージサインなんかでは勿論ない。 それともいつも外メシを理由に外に連れ出すばかりで一度も家に上げた事がないのを不満に思っているのか。
「悟浄の好きなモノ作るから。ねっ、ねっ」
「って言われてもなあ。ウチ、調理道具ねえし」
メシなんかどうでも良いと言っているのに彼女は諦めない。 とっととこの話題を打ち切りたい俺の心情も知らず食い下がるのに、面倒くせえと思いながら適当に答える。
「うっそお」
「そう言えばサ、小学校の頃、林間学校か何かのキャンプでカレー作ったりしなかった?」
「え?うん・・・・・・うん、カレーだった。カレーって全国的なメニューなのかな」
「どおかなー。案外沖縄辺りだとソーキそばとかだったり」
「まっさかー」
面倒くさくなったので一足飛びに話題を変える。 話してるうちに話の流れで元の会話が流れた、なんてフリする手間を掛ける事すら面倒くさかった。





「あんたさえいなければあの人も」
ガキの頃、そう言いながら義母は何度も俺を殴った。
美しい瞳を際限まで見開いて、美しい髪を振り乱して。
俺がいたから親父が浮気をしたワケじゃなく、親父が浮気をしたから俺が生まれたワケだがそんな事はあの人にとってはどうでも良かった。 俺にとってもどうでも良かった。
ただ確かだったのは俺の事を憎んでいるあの人を、こんな愛憎劇に駆り立てるのは親父への愛情だと言う事。
初めて引き合わされた時、怒りに顔を蒼白にしていたあの人の美しさに見惚れた事。
どうして親父はこんな美しい人がいるのにオフクロに手を出したりしたんだろうと不思議に思った。 笑ったら、微笑みかけてくれたらさぞ美しいだろうと夢想した、整った造作の血の繋がらないハハオヤ。
俺だったらこの人を悲しませたりはしない、そう思ったのに、あの人は俺を見る度に苦しげに叫んでは涙を流した。



俺にとって愛情なんてものは、手に届く処にあって容易く手に入ってしまってはいけないモノ。 恋愛経験の多さを友達に自慢する為だけに選んだ相手にゲームを攻略するかの如く与えられてはいけないモノ。
こんなもん、ただの恋人ゴッコ。
誰にも俺に立ち入って欲しくない。
オンナの服を買うのに付き合うのは構わないが自分の服を買う時にはオンナに側にいて貰いたいとは思わない。 そんな些細な時間を共にした位で俺の事を分かったような気になられてたまるか。
それ位、遠く感じる。隣を歩くこの女を。





「ねえ・・・本当に悟浄の家に行っちゃダメ?」
地下鉄の入口で上目使いで甘えるように訊ねられるのに一瞬で気持ちが冷める。 女の子向けの雑誌とかには手料理を作ってやればカレもアナタにイチコロ、 とか何とか書かれているんだろうがマニュアルに沿わない人間だって実際この世には存在するのだ。 本に書かれた通りに反応する相手ばかりでないと思いつきもしない脳味噌カラッポオンナを本格的に「うぜえ」と思い始める俺は、 黙ってこの侭置き去りにしてやろうか、それとも言葉も出ない程ヒドイ台詞を投げ付けてやろうかと思案する。
答えない侭口の端を軽く上げながら俺は、目の前のオンナの何処が好きだったのかももう思い出せない。

novel−パラレル