morning gray
大きく負ける事もない代わりに大きく勝つ事もない、いわば「とんとん」な状況で店終いの時間を迎えた悟浄は、
「もう帰るか」と言うタイミングも「じゃあこの稼ぎで、どう」と酒場のオンナのコを口説くタイミングもどちらも逸した事は知っていた。
定職に就いている人間の片手間の趣味での賭事ならばとんとんでアガるのは仲々に悪くない状況だろう。 然し、賭事のアガりで喰っている人間ともなると微妙なものだった。 負けなかった事を「運の良さだ」と思い気を良くして続けて勝負に出てみるか、 それとも勝てなかった事を「さい先悪い」と思い暫し賭場から脚を遠ざけてみるか。
どちらであるか判断するのは勝負師なりの勘の働かせどころであるがどちらとも判断するのは後回しで良い、 そう決め付けて朝靄の中を帰宅した悟浄がベッドに横になり数時間後に目を覚ましてみると、 何時の間にやら最高僧様とそのペットの小猿が家の中にいた。
「悟浄、おはようございます」
昼過ぎにも関わらずさらりとそう告げる八戒の言葉は見事なまでの笑顔と共に吐き出されており、 イヤミなのか天然なのかその時の悟浄にはまだ分からなかった。
「今頃お目覚めとは優雅なもんだ」
おはようとかこんにちはとか久し振りとか元気だったかとか、 そういった挨拶の言葉を一切抜きにしていきなり三蔵が口を開く。
「てめえな、俺は朝方帰って来たばっかりなんだよ!」
「どうせ碌な理由でもないだろうが」
「・・・・・・っ!」
明け方まで酒を飲んで綺麗どころを両脇に侍らせながらギャンブルに興じていた、 その場面を見られていた訳でもないのに悟浄は言葉に詰まる。
「まあまあ。悟浄、コーヒー如何ですか?」
「おう」
椅子に腰掛けて、唇をむっつりと引き結び不機嫌そうに口の端を歪め、眉をきりきりと吊り上げて眉間に皺を寄せる不機嫌そうな、 つまりいつも通りの三蔵の表情にちらと視線を走らせながら悟浄はコーヒーカップを八戒の手から受け取る。
「・・・ったくよお、こんなヤツの顔見ながらじゃコーヒーも不味くなるっつうの」
当たり前の顔で人の家の貰い物の、或いは買い置きの菓子をもしゃもしゃと喰い散らかす悟空に、 これまた当たり前の顔をして何時の間にか用意された専用のカップを口元に運ぶ三蔵に、 手の中のカップを弄びながら悟浄はつい憎まれ口をきく。 そんな悟浄の台詞に三蔵が無言で視線を上げるが、逆に何も言われなかった事で悟浄は流石に言い過ぎたかと反省しかけた。
が。
「文句があんならてめえが出て行け」
謝罪の言葉を口にするのはイヤだが何かその場を和ませるような事を言おうかと、 ぱくぱくと無意味に口を動かしかけた悟浄の前で涼しい顔で言い捨て、三蔵はふいと横を向いた。
「ココはおれン家だっつうの!」
「はん、てめえの家だ?」
バカにしたように言い捨てるその台詞は、 実はただの空き家に勝手に住み着いているだけだと言う事実を三蔵は知っているのだと、悟浄に悟らせるに充分だった。
「上等だ。表出ろやコラ」
「出て行きたけりゃあてめえ一人で出て行けと言っている」
「っがああああ!だからっ!」
情けない声で吠えた悟浄は内心で、矢張り今日と言う日はツキのない日なのだと思ったのだった。