暮れる夏
盆は毎年実家とも言える寺で過ごす。
昼にはよく冷えた西瓜を食い夜には安っぽい花火に火を灯し、そして送り盆の日まで滞在する。
養父が、帰って来ている筈のこの時期に、養父を送り出すより前に滞在を切り上げた事はない。
だから今年もそうした。
あれで案外器用な朱泱が茄子や胡瓜で拵えた未だ瑞々しい形の良い馬達を外に出し、
天に昇って行く煙を見送った後冷たい麦茶を飲み干し、汗をかいたコップがテーブルに残した輪っかを布巾で拭き取りながら暇乞いを告げる。
「なんだ、メシ喰ってけば良いのに。頂きモンの素麺がまだ大量に残っててな」
朱泱はそう言ったが
「用事があって」
と言って。
嘘ではなかった。悟浄と約束をしていた。
「何時帰って来るんだ?」
休日なのに何処にも出掛けていないと告げた悟浄の、携帯越しに聞こえた声に
「明日の夕方」
と答えていた。風呂上がりに、寺の廊下に佇んで。
食材の傷みやすいこの時期だ、出掛ける前に冷蔵庫の中身を出来るだけ片しておいた。野菜も豆腐も卵も残っていない。
慌ただしく帰って買い物をして一人分の夕飯の支度をするなんて面倒だ、だから寺で晩飯まで過ごす心積もりでいたのに。
急な予定変更だと言うのに、そう口にしながらも何故か心は穏やかだった。
日も暮れかけていると言うのに未だ容赦なく纏わり付いてくる空気に混じる熱気の中を歩きながら携帯を片手に持つ。
子供の頃から何度も通った道を、子供の頃帰ったのとは違う場所に向かい歩いて行く。
それは、けして悪い気分ではなかった。
喧しい程の蝉の鳴き声。
ゆっくり歩いていてもじんわりと滲み出す汗。
赤く染まる空は浮かぶ雲にもその色を移している。
昔は夕方ともなれば何処からか拙いピアノの音が聞こえて来たが、俺の耳にたどたどしい音程は届かない。
あの頃ピアノをひいていた顔も知らない誰かは今もこの町に住んでいるのだろうか。
「これから帰る所だ。・・・ああ、そうだな、何処か外に喰いに行くか」
長くもない会話の後、駅近くのファミレスで待ち合わせる事にする。
今日はピタゴラスイッ●を見ようと思っていた。数日前に家を出た時は寺で見るつもりだったのでビデオもセットしていない。
録画予約をしに一度家に戻ると待ち合わせの時間に間に合わなくなる。
録画してまで見る程でもないだろうと思い直し直接ファミレスに向かう事にする。
立ち止まる事なく。
会いたい相手の待つ場所へと。