天国レイン
こんな天気の悪い日は矢張り出掛けるべきではなかったのだと忌々しく思いながらもこんな悪天候の日にいるとも思えない通り掛かる人間を濡れながら待っていたヤツらの事を笑い飛ばす気持ちとがない混ぜになっている。ああ、でも実際待っていりゃあ俺のように雨の上がるのを待ち切れない気短かなヤツが通りかかるのだからこいつらの努力は徒労ではなかった訳だ。 盗賊共の待ち望んでいたような小金を持った商人ではなく濡れ鼠の金も持ってなさそうなガキにこいつらが目の色を変えているのは一日の労働を無駄に終わらせたくないからだ、 そうだろう?
ばしゃばしゃと跳ね上げた泥で僧衣の裾が汚れるのも気にせず走り続ける。
撃ち尽くした銃の装填の為大木にぴたりと背を付けヤツらの死角に回り込む。
「クソ、ガキは何処へ行った!?」
「近くにいる筈だ!」
ヤツらはどうあっても俺を見逃すつもりはないらしい。当たり前だ。まだ上手く扱えない銃。何発か外し、何発か急所を外し、 それでも何人かは確実に殺した。
「よくも大哥を・・・!殺してやる、殺してやるあのガキ!!」
下手くそな銃撃に運悪く殺されたのが、リーダーに当たるヤツだったのはただの偶然だった。 そいつを狙った訳ではなかったのだ。
こんな盗賊共にでも仲間同士の、身内同士の繋がりがある事を意外に思う。 今まで俺が遭遇したのは大抵は本気で仲間の仇を討つ気にもなる筈もない流れ者同士の寄せ集めだったからだ。 下っ端を殺せば逆上するがリーダー格を仕留めれば戦意を喪失して無様に悲鳴を上げながら逃げ惑うのが常だった。
木の幹に背を預けぬかるんだ地面の所為で隠す事も出来ない足音を拾い上げながら人数を数える。 否、駄目だ。雨の音が煩くて良く聞こえない。 それでも何とかギリギリまで引き付けてから隠れていた場所から銃を構えながら飛び出した。
「ギャ・・・ッ!!」
「何・・・!?」
残る一人は俺の姿を認めるが早いか人間にはあり得ない跳躍力で宙に飛び上がった。 先の二人が完全に息絶えたか確認する閑も無く虚空へ飛び上がったヤツが静止する一瞬、 最高点から降下し始める地点を狙い銃を構えようと銃口を上へ向ける。
支点としていた脚がぬかるんだ地面で滑った。それが致命的だった。
しまった、と思った時には中空から降りて来ざま蹴り出した妖怪の爪先に吹っ飛ばされていた。衝撃に銃が手を離れる。
畜生、内心で口汚く罵りながら地面に落ちた銃を拾おうとするが殺気を漲らせたソイツが仲間が息絶えた侭に握り締めていた刀を手する方が先だった。 左手を銃の落ちた地面に伸ばし掛けた侭の半端な体勢で剣を腰溜めにした武器を扱い慣れた姿と対峙する。 迷っている閑さえ無かった。一撃は喰らうと覚悟して銃身に向かい転がりながら身を投げる。
冷たいグリップに指先が触れた瞬間、鼻先を剣が掠めた。
「クソ・・・ッ」
罵りは俺が零した言葉ではなかった。ぐずぐずと踏み込む先から崩れ足下の自由を奪う水を含んだ泥にそいつも踏み込んだ体勢を乱していた。 夢中で片手だけで支えた銃口を向けた。反動を殺す余裕も無く発射の際の衝撃を全て左手首で受け止める事になったが構わない。 何事かを言いたげに大きく開いた口と敗北感に満ちた瞳を網膜に刻み付けた。
荒く息を吐きながら立ち上がり痛む左手首を庇い右掌に銃を移す。 息絶えた妖怪は攻撃面積の広い胴体だとか四肢だとかではなく一撃で致命傷に至る頭部を狙って来ていた。 一撃必殺の攻撃を失敗した事によりそれが命取りになった訳だが足下がぬかるんでいなかったら結果はどうだったか分からない。 否、それを言うなら足下がぬかるんでいなかったなら俺だってこいつの体躯が宙に在る間に仕留める事が出来たかも知れない。
雨は、自分の上にだけ降っているのではなかったのだと。
厚い雨雲が幾重にもたち籠める虚空を見上げ濡れるに任せ、口の端だけを上げて嘲笑った。