あめの街夜の花 4
『・・・なあ、アイツ俺の姿は見えていないんだろ?』
泣き叫びながら悟浄が飛び出して行った後の部屋で朱泱はそう尋ねた。
「らしいな」
『なのに泣いて逃げ出すっつうのはどうかと思うがな・・・』
口をへの字に歪め顎に手を当てる朱泱を見て、三蔵はふっと鼻で笑った。
「あれぐらいで良いんだよ」
『そうか、まあ考え直せとまでは言わないが。俺としちゃあ江流を任せるならもっと、こう、骨のあるヤツの方が・・・』
「つまんねーことですぐびーびー泣いて面白えだろうが」
『江流お前・・・(結構ヒデエな)』
『まーまー、待て待て、赤毛の兄ちゃんには悪いが実は兄ちゃんの酒を飲んだのは俺だ』
酒を飲んだ飲まないの言い合いから胸ぐらを掴み合って怒鳴り合う二人を見かねて遂に朱泱が本当の事をバラした。
「な・・・ッ!てめ・・・っ!!」
一瞬、虚をつかれはしたが朱泱が割って入ったのは二人の間だった為、
悟浄には三蔵の台詞も視線も、自分に向けられたようにしか見えなかった。
「あン?」
「良いか、よく聞け。てめえの酒を飲んだのは」
「アンタだろうが」
皆まで言わせず間髪を入れず悟浄が言葉を継ぐ。
「だから聞けっつってんだろうがっ!いいか、酒を飲んだのは俺じゃねえ、朱泱だ」
「はあ・・・?」
「はあ、じゃねえよ。だから俺じゃねえつってんだろうが!(苛)」
睨み上げる三蔵に、脱力したかの如く肩を落とした悟浄が言ったのは思いもかけないような言葉だった。
「・・・アンタね。俺がそーゆーの見えないからっていもしない人の所為にすんなよ」
「な・・・っ、」
呆れたように告げられる言葉に三蔵は言葉を失った。
「まあ俺も悪かったよ。いきなり怒り出したらあんたの性格から考えたら謝れる訳ナイし」
目を見開き胸ぐらを掴み上げていた手を緩ませる三蔵の様子に気が付いているのか悟浄は肩を竦める。
「こ・・・、っの、」
クソ河童ーッ!!
怒鳴りながら三蔵は拳をめり込ませた。
悟浄の腹の真ん中に。
朱泱には「泣くな」と言われたが三蔵は悔やし涙を流した訳ではなかった。
ただ、自分の言葉を悟浄が信じなかった事が赦せなかった。
其処に居る朱泱の事を悟浄は「いもしない人間」だと言った。それが赦せなかった。
自分に視えるものが悟浄には視えないのだと言う、それは仕方の無い事だと思っていた。
だが旅の間に悟浄に視えないものでも自分には視えるのだと、
悟浄に視えなくとも確かに其処に「在る」ものも世の中にはあるのだと言う事は分かっているのだと思っていた。
それを、どうせ悟浄には真実は分かるまいと思い自分が謀っているのだろうと、そう言われたのだ。
泣いたりはしねえよ。
あんな河童の為になんか泣いてなどやるものか。
そう、固く誓う三蔵の瞳に懐かしのスポ根もののように燃えさかる炎の幻を朱泱は見出したとか見出さなかったとか。
悟浄の元に師である光明三蔵法師よりの荷が届いたと聞いて三蔵は訝しんだ。自分にではなく何故悟浄宛なのだ、と。
あの方がうっかり間違えたのかそれとも悟浄が勘違いしているだけなのか。
雨に濡れた法衣を着替えもしない侭悟浄の後を附いて行くとホラと示されたテーブルの上の小箱に貼ってある宅配伝票には見間違う事のない懐かしい師の筆跡で、
確かに沙悟浄様と記されていた。少し前部屋に入って来た朱泱も興味深そうに悟浄の隣に立っている。
「でね、中見てみ?」
促される侭箱の中を見て見ると銘が直に印刷されている半透明のボトルの中に透明な液体。
「・・・・・・酒?」
それと、と言って悟浄は同封されていた手紙を差し出した。
「・・・良いのか。てめえ宛だろうが」
「うん」
かさと小さく音を立てながら三蔵が折り畳まれた和紙を開く。
「・・・・・・」
自分の事など一言も記されていないそれを三蔵は無表情に一瞥した後、折り目に沿って畳み直した。
背後から覗き込んでいる朱泱がぎゃっと言ったがそれは無視した。
「・・・ごめんな」
「何がだ」
「・・・確かにここに居るんだよな?しゅーえーさんが」
顔を伏せた侭三蔵は静かに目線だけを悟浄に向けた。
その拍子に濡れた髪から水滴が滴り落ちるのに悟浄はすいと指を差しだして三蔵の頬を伝う水を拭い取る。
「その、いねえだろうなんて言って悪かった」
「・・・・・・」
「お師匠さんの贈ってくれた酒で仲直り、しねえ?」
「・・・フン」
てめえにしちゃ良い考えだと三蔵が言うのに悟浄はにへらと笑っていそいそとグラスを二つ用意する。
乾杯と、小さくグラスを合わせて立った侭最初の一口を飲んだ後悟浄が顔を近付けて来るのに待ち侘びていたかの如く三蔵が唇を僅かに突き出すのを見て、
朱泱はそっと明後日の方を向いた。