砂漠の町
「・・・・・・ここは一体・・・」見知らぬ天井を見上げて目が覚めた。
焼け付く砂の上に倒れ込み、太陽に嬲られ熱された砂を熱いと感じながらもどうにも体が動かず、 意識が遠のくのを最後に記憶が途切れていたから自力でこの建物にやって来た訳ではなかった筈だ。
何はともあれ、あの侭だったら恐らく今頃自分達は砂の上で干上がって生きてはいなかっただろう。
この家の主に助けて貰ったのだろう、そう推測しながらゆっくりと床の上に体を起こす。
ぱらりと髪から砂が零れ落ちるのを鏡も見ずに、と言うか探す事もせず手櫛で適当に髪を直し、 先に起きだして外に駆けて行った悟空を追い掛ける。
妖怪だけの棲む砂漠の町で、自分達を拾ってくれた、いわば命の恩人の店を手伝って、 手伝いの礼だと夕飯を振る舞われるのに素直にご相伴に預かって、その侭その家に泊まる事になった。
この先どうするか、については誰も何も言わなかった。
だから僕も何も言わずに横になり、無理矢理目を閉じた。
日が暮れたら皆家に帰り洋燈の僅かな灯りの下で食事を済ませ、食事が済んだら眠るしかない、娯楽の少ない砂漠の町の、 静かな静かな夜の中、傍らで眠る仲間達の寝息だけを聞きながら目を閉じる闇の中で。
案外自分は三蔵に頼っていたんだな、と今更のように気付いた。
三蔵と別れ大の男3人が食べて行くには充分とは言い難い小銭をお互い見せ合って、自分達の食い扶持を稼ぐ事を決めてから。
たまたま間が悪かったと言うのもあるだろう。普段は「あれ買ってくれ」と人に強請りはしても自分で勝手に買い食いはしない悟空だが、 本当は「何かあった時の為」と三蔵にお金を持たされているのだと聞いていた。 何かあった時の為の筈のお金を悟空が運悪く使ってしまっていてほんの小銭しか残っていなかった、とか。 下世話な話だが普段であれば引っ掛けた女の子をホテルに連れ込める程度の現金は持ち歩いている筈の悟浄が、 手持ちの金額を告げたら女の子にそっぽ向かれそうな小金しか持っていなかった、とか。 長安とこんな片田舎では所謂「ご休憩」の宿の相場も違うのだろうがそれにしたってアレはないだろう。
それはさておき頼っていた、と言うのは三蔵の持つカードに、と言う意味ではなく、問題がそれだけだったら寧ろ良かっただろう。
食欲の赴く侭に店の食材に手を出した悟空と、性欲の赴く侭に店の女の子に手を出した悟浄と。 済んでしまった事はしょうがないとして、 こんな田舎町の時給ではそもそも働いた処でタカが知れていたのだと気持ちを新たに大きな街を目指そうと思ったのは間違いではなかったと思う。 寂れた、古びた小さな店が幾つかあるだけの小さな町。 そんな処で一度悪い噂が広まってしまえば問題児である二人を雇ってくれる奇特な店が一軒もなくなるのも 遠い未来の事ではなかった筈だ、それなのに。
「お前がもっとデカイ町に行こうなんて言い出すから」
そう悟浄に文句を垂れられた時、思った以上に不快になった、その時だ。 悪気のない悟浄の軽口など珍しい事でもない。 本気で悟浄が全ての責任は僕にあるのだと考え詰っている訳ではないと頭では分かっているのに。
何をどう間違えたのか砂漠のただ中で危うく行き倒れそうになり(いや、実際行き倒れたのだ) そもそもが自分の所為でもあると思い付きもしない悟浄に瞬間殺意を覚えた。
例えばこんな時三蔵だったら。
文句を言われてもフンと鼻を一度鳴らして終わりにするか、悟浄に向かって発砲するか、 その時の虫の居所で若干取る態度に違いはあっただろうが、 腹を立てるのはその一瞬きりでその後の旅程を悟浄に丸投げにする事はなかった。 西へ向かう、と言う明確な目的があった所為でもあるだろうが、 どれだけ文句を言われても意に添わない仲間の不興を買う事を承知の上で三蔵は強い意思で僕達の進む先を決定した。 三蔵の知っている情報に、 道が整備されてないだの既に地図上の町は存在しないだの現地で僕の仕入れた情報を加味して最終的なルートは決定されていたが、 最終的な意思決定は全て三蔵が行っていた。一日でも早く天竺へ着く為に、多少強引なルートを選ぶのが三蔵で、 食料や水の補給を考えて安全な行程を提案するのが僕で。
でも僕の取っていたのはあくまで三蔵の補助的立場であって、それ以上のものではなかった。
どうして今頃そんな事に気付いたのだろう。
・・・どうして今までそんな事に気付かなかったのだろう。
考えてみれば簡単な事だった。
三蔵が、それを僕に気付かせないでいただけだ。
そう仕向けていた、と言うと言葉は悪いが、あまりにも簡単に全てを三蔵は決定し、 あまりにも自然に判断の一端を僕が担っているように思わせていた。
三蔵と離れてから数度日が昇り、日が沈んだ。
両手で数えるに余るその僅かな日数に。
僕はもう三蔵の不機嫌な表情を懐かしく思っている。