白熊
変わらないものが好きだった。
例えば、歳月を経て尚変わらない愛情だとか。


「本当はきちんとした施設できちんとした里親を見付けてあげるのが貴方にとっても良い事だと思ったんです。 貴方がもし私の元を離れたいと思うなら私に止める権利はありません」
その言葉を聞いた時は一見突き放すような言い草に何も考えられなくなった。 例えば俺が道を踏み誤ろうとしたとしてもこの人は俺を留める事なく見放す気なのだと。
仕方のない事だ、俺はこの人の血を分けた肉親ではないのだから、そう思って密かに拳をきつく握り締めて泣きそうになる自分を叱咤した。 それでも俺にはこの人以上の肉親など考えられなかった。 血が繋がっていない事を、この人が自分をどう思っていようとも、俺にとっては大切な父親だと、それ以外の事は考えられなかったから。
自分の認識が間違っていたと言う事は数年を掛けて知った。 本当の親子ではないとかどうとか、つまらない事にこだわっていたのは俺一人だけで愛情は変わらず、 拾われた時から変わる事無く自分の上に降り注ぎそして今も降り注ぎ続けているのだと早合点な俺が漸く納得して一年も経たぬうちにあの人は発病した。
一時退院で家に戻っていたあの人の具合が急に悪くなり病院に戻ったのは雨の続く時期で、 病院からの呼び出しを受けたのも雨の日だった。







「お邪魔しまーす」
そう言って靴を脱ぐ悟浄の手には白いビニル袋。家に来る時に悟浄は酒やら何やらを手土産に持って来る事が多い。 徒歩で袋の中身をゴロゴロ言わせた侭持って来たビールをすぐ開けると泡が吹き出るので冷蔵庫に入れておいて後で飲もう、 そう思って袋を受け取ろうとした。
「アイス買って来た。喰おうぜ」
袋を差し出しながら言った悟浄は然し、俺の思っていたのとは違うものを持って来たようだった。
受け取って中を覗き込んでみれば冷凍庫に陳列されていた筈のそれは、 僅かな時間と雖もこのクソ暑い時期の気温に耐えかねて汗をかき始めていた。
袋から取り出しテーブルに並べたそれは、白熊。
「溶ける前に喰お」
そう言って、ソファに腰掛けるが早いか一緒に入れられていたプラスチックスプーンの袋をピリと音を立てて悟浄は破る。
「でけえよ」
冷凍庫に入れておいて腹の空いた時にでも食おうかと躊躇う程の大きさだ。ハーゲンダッツとかのミニカップの3倍はありそうだ。
何回か悟浄が白熊を買って来た事があったが小さいのだったり、棒付きのものだったり、 或いは今目の前に並んでいるようなサイズだったりその時によってサイズはまちまちで。 つまり、複数のメーカーが同一商品名でそれぞれ違う品を製造販売していると言う事だ。
「うーん、何か知らないけどおっきいのしかなかった」
「そんな訳ねえだろ」
悟浄に倣いしゃく、とスプーンを冷凍の苺が載っている辺りに突き立てる。 プラスチックの容器に触れている指先が冷えるのが心地良い。
「ああ、ちっせえのもあったけどさ。コレは●ブンイレブン限定とかで、でかいっつうか高いアイス用の冷凍庫に並んでたんだ」
「嘘つけ」
「マジだって。普通のとどっちにしようか迷ったんだぜ?こーゆー限定って、●ーソンとか他のコンビニじゃマジに売ってないんだから」
「・・・・・・」
この練乳の氷は確かに不味くはないが、こればかりを食べるのもつまらないだろう。 しゃくりと氷を掬う。じゃりと口の中に僅かに残る塊の氷の感触と、甘ったるい練乳の味。
ガキの頃からかき氷は練乳が好きだった。いつもかき氷屋では練乳を頼んだ。
それでもあの人はかき氷の屋台の前でいつも決まって「何にしますか?」と笑って訊ねてくれたが。
いつも同じものばかりを頼むと揶揄する事無く、財布から取り出した小銭を俺の手の平の上に落とし、 一人前の大人のように自分で金を払わせた。 店の者の手に、或いは屋台のテーブルに小銭を乗せる時は自分の金でなくとも少し誇らしく、嬉しい気持ちがした。
「白熊じゃねえヤツにすれば良いじゃねえか」
そんな事を言いながら実際促される侭に喰っちまってるヤツの言う台詞ではないが。
「凍ったキウイはあんまり美味くねえな」
「キウイなんざ元から大して美味かねえだろ」
「うーん、そうかも」
そう言って悟浄は頼りないプラスチックスプーンで盛大に氷を掘り起こし始める。
「・・・何やってんだ」
「この氷の部分が美味いんだって。甘いけど甘くねえし」
「何語だ」
「いーの。好きなんだから」
子供の様な笑顔で氷を貪るように食べる悟浄の姿に釣られてこちらも笑いたくなる。
ゆっくりとスプーンを口元に運び歯の裏に、舌の上に残る甘さを楽しむ。
変わらないものが好きだ。
それは、勿論白熊の事ばかりではない。
直球タイトル。

novel−パラレル