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something i can never have
三蔵の事は結構分かったつもりでいた。 好きな煙草はマルボロ赤ソフト。酒は飲めるのであれば特に種類にも銘柄にもこだわりがない。両利きだけど箸は右でしか使わない。 活字を追う時だけ眼鏡を掛ける。朝起きるのは早いクセに実は結構低血圧(だったら寝てろ!)。髪は意外と柔らかい。 ぶっ倒れるまでは死んでも自分からは体調が悪いと言い出さない。 買い食いには厳しいクセに飯屋で料理の追加をじゃんじゃん頼む事には文句を言わない。 宿屋のシーツが汚れていたりすると途端に不機嫌になる。 冬と言わず夏と言わず法衣の下にはジーンズを穿いている。 ジーンズは絶対ローライズ派。犬と猫では意外な事に犬の方が好き。紅茶よりコーヒーが好き。あんみつと豆かんでは断然豆かん。 これだけ分かってりゃ充分だと思うがどうしても分からないでいた事がある。 何故、西へ行くのか。 師匠の形見だと言う事は聞いていたが三蔵の求めているという経文は一つはその肩に掛かっている。 二本引き継いだのだと言うソレを共に喪われたのならともかく半分は持ってるんだったら何も必死こいて追い求める事もねえんじゃねえのかと俺は思っていた。 昼となく夜となく襲い掛かって来るトチ狂った妖怪達。 宿で埃を落としてゆっくり休める、そう安堵した晩でさえ襲撃を受ける事もある。 ここの処のきつい旅程に依る疲労で少し顔色の悪い三蔵は部屋に入って以来ぼうっと窓に叩き付ける雨を眺めているだけで常のように新聞を広げてもいない。 何度か呼び掛け返事が無いのに諦めて先に風呂に入ってしまう事にする。 三蔵はいつも当然の如く一番風呂を使いたがるから滅多にないチャンスだラッキー、 とか思った筈なのに悲しいかなどんなにイヤだイヤだと思っていても何時の間にか下僕体質が染み付いてしまったようで乾燥しきったバスタブに湯を張る間も何処か落ち着かない。 結局折角の一番風呂をあまり楽しむ事もなくさっさと上がって濡れた身体をロクに拭く事もない侭ドアを開けて風呂場を出る。 「三蔵、風呂空いたぞ」 声を掛けながら俺の知らない間に刺客か何かがホンモノの三蔵を連れ去って代わりに良く出来た人形でも置いて行ったのかと思った。 俺が風呂に入る前と寸分違わぬ姿勢で煙草の一本も指の間に挟む事なくベッドの上で片膝を立てた侭窓の外を見ている姿。 「・・・・・・三蔵?」 重ねて声を掛けてもぴくりとも反応しない痩躯。 「・・・おい」 三蔵の腰掛けているベッドに近付いて行きその肩に手を掛けて少し力を入れて揺さぶる。 「・・・何だ」 ゆっくりと頚を巡らせ顔だけを俺の方に向ける三蔵の視線は、然し俺を捉えていない。 俺の良く知っている三蔵の姿ではない。瞳に強い生気が宿っていない。 三蔵に良く似た他人、或いは精巧に造られた人形にしか見えない。 ぶち壊して叩き割って、「ホンモノの三蔵は何処だ」と怒鳴り散らしたくなるのを辛うじて堪える。 「風呂・・・空いたから入れよ」 咽の奥から絞り出すように、少し引きつった声で告げる。 「・・・ああ」 そう答える三蔵の声も、普段の迷い無く他人を導く靱さを失って、 それこそセットされた番号を押すと聞こえてくる人形に内蔵されている合成音のように何処か現実味が感じられない。 「おい」 「・・・・・・」 俺の呼び掛けには答えず一度も視線を合わせる事もなく三蔵はベッドを降りて風呂場に歩いて行った。 ぱたりと音がしてドアが閉まりその姿が扉の向こうに消えてから汗が噴き出して来た。 俺の知らない三蔵だった。 天気が悪くて足止めを喰らいイライラピリピリして、それを押し隠そうとして失敗している姿だったらこの旅の間に何度か見た。 でも先程のあれは。 あの三蔵は俺の知らない三蔵だった。 ハイライトをパッケージから引っ張り出してカシカシと音を立ててジッポの火を灯す。 何だか酷く腹が立った。てめえは一体一人で何を抱えてやがるんだと。 あんな虚ろな目をする程にてめえの抱えてるものは重いのかと。 三蔵の纏っている鎧のような殻は歪で重くて脆くてそして靱い。 三蔵から見たら俺なんか弱み垂れ流しの甘ちゃんに見えるだろう事も分かっている。 三蔵が自分の脆さと背負ってるものの重さとをバランスを取りながら見事なまでにきっちり立っている事も。 あんたのその重荷を少し俺に貸してみろと言う事は生身の皮膚をばりばりと剥いで剥き出しになった筋肉の中に指を乱暴に突っ込んで肋骨をへし折りながら無理矢理持って行く位の暴力なのだと言う事も分かっている。 分かってる、分かってるんだよ畜生。あんたの事ならこんなにも。 それなのに肝心の、あんたの核となる部分だけが見えて来ない。 俺には決して手の届かない場所にあるあんたの秘密を知りたい。 白日の下に暴き出してしまいたい。 何時か。 i just want to something i can never have. novel |