XX
「な、何も殺す事は無かったじゃないか」背後から掛けられた言葉に振り返る。
山越えの途中で偶々行き会った商人と道を同じくしていた。人気の無い山中だ、 物騒な世の中一人よりは二人の方が多少安全だろうと特に親しく会話を交わした訳では無かったが何となく一緒に道を歩いていた。
「お遣いか何かですか?」
そう訊ねるのに
「・・・ああ」
と短く答えると続かない会話に男は一人で喋り始めた。以前はしょっちゅう通ったもんですが最近は治安が悪くなったらしくて、 客商売の人間らしく穏やかな物腰のその男が同じく穏やかな声音で道中語っていた通り出会した盗賊。
「金目のモンを置いていきさえすりゃ命までは取らねえさ」
刃の広い蛮刀を見せ付けるように右に左に動かす髭面の男に、その背後に控えるように頭の悪そうな粗野な身なりの男達が4人。
「ヒ・・・ッ」
にやにやと卑しい笑みを浮かべる男の一人が一歩前に踏み出すと同時に息を呑んで背後の男は背中に背負った行李をそそくさと降ろし始めた。 商人だと言う割に荷が一つしか無いと言う事は、 二束三文で売っ払うようなモノではなくその荷一つでこんな山越えを決行するに値するだけの価値のものが詰まっているのだろう。 絹糸やら織物やら、或いは細工物などが。ちらりと商人に視線を向けて俺はその場に立ち尽くす。
「おら、てめえもだ」
バカかてめえら。こんなガキが襲うだけの価値のある程の金品を身に付けている訳ねえだろう。
「金なんてねえよ」
「ああ?」
「聞こえなかったか。てめえらにくれてやる金なんてねえよ」
「このガキ・・・!」
いきり立つ盗賊に俺ではなく商人がびくりと身を竦ませる。
「まあ待てよ。まさか一文無しって事もねえだろ?」
髭面の男がにやにやと笑いながら歩を進めて来る。
「無事に寺に戻りてえだろ?」
尚も笑いを浮かべた侭男がひゅ、と蛮刀を振るうのを体を交わして避ける。 本当であれば俺の左の肩口を斬り付けていた筈のそれが空を切る。
それが合図だった。
髭面の男が不思議そうに目を丸め次いで頬を歪めるのを表情が完全に変化するのを待つ事もなく間近から額に弾丸を撃ち込み返り血を浴びるのも気にせず銃を連射した。呆気なく5体の死体の出来上がり、だ。
ばらばらと薬莢を地面に落とし弾込めをしていると絞り出したような掠れた声で背後から声がした。
「な、何も殺す事は無かったじゃないか」
その非難めいた言葉に俺は無言で一瞥をくれる。
バカはこいつもか。素直に金品を差し出したからと言って殺されない保証が何処にある。 万が一奴らの「命までは取らない」と言う言葉が本当だったとしても、 俺の持っている唯一の金目のモノ──経文と金冠をこんなヤツらに差し出す訳にはいかなかった。
──と、俺の見ている前で商人の背後の茂みがごそりと動きにょきりと生えた腕が荷を地面に降ろし両膝を地に着いた侭の商人の頚を抱え込み、 その頸動脈を掻き切った。
何が起きたか本人にも分かりはしなかったろう。噴水のように勢い良く鮮血が飛び散る。
潜んでいた茂みから飛び出て来たヤツに向かい考える間もなく銃口を向けた。
銃声が消えてからもこれ以上残党はいないと確信が持てるまで緊張を解かなかった。
死体の懐から金目のモノを抜き取り袂に収めてから歩き始める。 換金しない限り価値の無い、アシの付きそうなモノには手も触れなかった。そして商人の懐の金にも荷物にも。 殺されて当然のヤツらの財布から金が消えていようが気にする者などいないが善良な一商人の持ち金が消えていたとなれば話は別だ。 俺の後に通りかかったヤツが官吏に届け出る前に懐を暖めるだけだと分かっていても敢えて俺は危険は犯さない。 良心の呵責に苛まされながらも一時の潤いを眼前に差し出され欲望を禁じ得ない、そう言った感情は俺とは無縁だった。
それでも念の為今夜泊まる筈だった街を素通りする事を考える間もなく決めて旅程を進める。 殺す事は無かったとあの愚かな男は言ったが背中の荷を渡しさえすれば殺されないと無邪気に信じ込んでいたあの男の辿った末路はどうだ。 それとも、あの盗賊どもが妖怪であったならばあの商人も「殺す事は無かった」とは言わなかったのだろうか。
それとも、お前など生きているに値しないと、あの盗賊どもに咽を掻っ切られて死ぬべきだったのは俺の方だったと言う意味なのだろうか。
「・・・っ!」
不意討ちのように込み上げて来る吐き気は道端の木に手を突く事で堪える。
こんな薄汚れたナリをしたガキにも坊主だからだろう、相応に敬意を払って敬語で話しかけていたふくよかな頬の男。 生き続けているべきはあの男の方だったのだろうか。
「あ・・・っ」
産まれてすぐに河に流された、産まれて来た事こそが此の世に対する裏切りのような俺は、 今もこうして生き続けている事は裏切りなのだろうか。何に対して?神仏に対して?天地の理に対して?
背中を丸めて木の幹に爪を立てるとがりと爪が引っかかり痛みを覚える。痛みを感じるのは俺が生きている証だ。
痛みを感じる事も吐き気を催す事も放棄すべきなのだろうか俺は。死ぬべきはあの盗賊どもではなく俺なのだろうか。