毀れた弓
「・・・・・・」三蔵が苛々と煙草を吸っている。
銃弾が残り少なくなり補充の為に街に立ち寄った処「お取り寄せ」だと言われ渋々その街に数日滞在する事になったのだが、 生憎宿が4人部屋しか取れなかったのだ。
こういった時ふらふらと街へ出歩いて行く悟浄がどうした訳か部屋に留まった侭で、 人口密度の高い室内で悟空をからかって遊んでいる。
「もー、何だよ悟浄ッ!」
ちょっかいを出されて黙っていられる悟空では無いので当然一日騒ぎが絶える事が無い。 騒ぎを強引に静めるいつもの三蔵の弾丸の雨が悟空と悟浄の上に降り注ぐ事は無いが銃を撃てないと言う事に三蔵は酷く苛立っている。
せめて悟浄から引き離す為悟空を連れて買い出しに出ようにも必要な物はあらかた揃えた後だった。
不足しているのは三蔵の銃弾だけだ。
煙草だって消耗品なんですからもう少し控えて欲しいですね・・・。
八戒は無言で煙草をくゆらす三蔵を盗み見る。
大体この街に着く迄に盛大な刺客のお出迎えがあったにせよこんな処で弾切れ、 いえ、まだ切れていませんでしたね、 ともあれ弾切れ寸前の事態に陥ったのは三蔵が旅の仲間である悟浄と悟空に存分に弾丸の雨を降らせるからで。 弾だってタダでは無いし勿論撃った後の弾を拾えば再度使えると言う物では無く純然たる消耗品であると言うのにしかも長安のような大都市であるならばともかくこんな旅の空の下ではそう簡単には手に入る確証が無いようなモノを 遠慮なく無駄遣いしまくる三蔵にそもそもの問題があります。
弾が残り少ない処を刺客に襲われたりしたら充分な反撃も出来るまいと気を遣って部屋から出ない悟浄に、 そんな悟浄にちょっかいを出されながらも部屋に居続ける悟空。 そんな二人の気遣いは三蔵には見事にバレバレで、それが余計三蔵の機嫌を悪化させているにしても、 矢張り大元の原因は三蔵ですから。
そう思いながらも八戒のその手は三蔵の機嫌を少しでも宥めるべく丁寧にコーヒーを炒れる為に働いている。
「三蔵、コーヒーどうぞ」
「ああ」
新聞も隅から隅まで、それこそ自分とは縁の無い求人情報欄までをもとっくに読み終わっていた為眼鏡を外している三蔵がちらりと視線を上げてカップを受け取る。 その拍子に貴石の様な紫色の瞳が窓の外から入り込んで来る太陽の光を受けて輝いた。
そうですね、銃なんて補充の必要な物を武器にしているからいけないんですよね。
三蔵も何か消耗品の不要な物を武器にすれば良いんです。
元々人間にしておくには惜しい程の戦闘力の高さを備えている三蔵です、 いっそ妖怪になってしまえば更に戦闘力がアップして良いかも知れません。
ほのほのとした笑顔の下で八戒は自分が妖怪に変化した時の事を思い出す。
妖怪と人間の違いは力や速さがヒト以上であるだけと言うだけではなく、人間には出来ない事が妖怪には出来ると言う点でもある。 だがそれは個人差があり、中には力のみがずば抜けて強い者もいれば器用な事に背中に羽を生やしてあまつさえ飛行すら出来る者もいる。
そして自分はムキムキマッショになった訳でもないのに力が強くなった上に更に気功術を使えるようになった。
そう言えばお坊さんには法力僧なんて方々もいますが自分の『気』を力に変換すると言う点であれも一種の気功のようなものでしょうか。 矢張り自分は元が人間だからヒトに近い『力』を体得したと言う事なのかも知れませんね。
三蔵だったら何でしょうね。元・人間で(←今も人間です)、人間らしい技・・・。
眼からビィィーム!!
・・・でしょうか。
チャクラからビームって言うのも三蔵法師っぽくて良いですけど三蔵のあの他人を射殺さんばかりの目ときたらビームぐらい出ても不思議ではありませんよねえ。
「なーなー、三蔵。見てくれよコレ!」
その時廊下からばたばたと賑やかな足音と共に悟空の声が聞こえて来た。
「喧しい」
ばたんと勢い良く開かれるドアに三蔵の眉間に皺が寄る。
「コレ、宿の人に借りて来たんだけどっ!」
「借りてくんじゃねえよそんなモン」
何故悟空が突然そんな物に興味を示したのかは分からないが顔を上げた三蔵に悟空が得意気に掲げて見せたのは古びたギターだった。
「お猿ちゃん良いモン持って来たじゃん。俺様が一つ弾いてみせてやるぜ?」
一瞥の後興味なさげに即答した三蔵とは対照的ににやりと笑って悟浄がソファから身を起こした。 寄越せと伸ばされた腕に期待の瞳で悟空が素直に手にした物を渡す。
ボロンボロン・・・
どうやらそのギターは暫く手入れがされていなかったらしく錆びた弦からは間の抜けた音がする。 然し悟浄は気にせずチューニングの真似事を続けている。 夜の酒場でスツールに腰掛けてそれをやったら女性客がうっとりした視線を向けそうな程にポーズだけは慣れたもののように決まっているが。
もしかして悟浄、実はギターなんて弾けないのでは?
弦を巻き直すことも緩める事もせずひたすらぽろぽろと指先で弦を弾く悟浄の姿に薄々八戒が疑い始めた頃、悟浄の指が動いた。
じゃんじゃかじゃかじゃかじゃんじゃかじゃかじゃか
ああ、やっぱり・・・。
適当に弦をかき鳴らしているだけの右指から紡ぎ出されるのは音楽などではなく、ただの騒音だった。 左手は弦を押さえる事もなくギターをただただ豪快に掴んでいる。
「雨〜に濡ぅれたつう〜おさぁびし山よ〜」
「われに語れぇ〜君の涙のそ」
「やかましいっ!」
ビイィィン!
怒声と共に悟浄の方に首だけ回した三蔵の視線の先、突然ギターの弦が切れた。
・・・・・・え?