かみなり
「死ねっ!」聞き慣れた呪詛。死ぬのはお前らだと、言葉にこそしなかったが反射的に胸の裡で呟き引き金を引いた。
短い歳月で産まれてからの友のように躰に馴染んだ小銃の感触。 弾丸を発射する際の衝撃を手首を使って上手く逃がす事を覚えてからは片手で撃てるようになった。
銃撃の音が鎮まり返ると自分以外生きている者の一人と居なくなったその場所で血塗れの手で死体を漁る。 噎せ返る程の血の匂いに満ちた筈の空気にも慣れた体は何も感じ取る事は無い。染み込んで行くのは血の匂いでは無く呪いの言葉。
突然降り出した激しい雨に息が上がる程走り続けてなんとか屋根の下に転がり込むが既に全身が濡れそぼっていて風呂上がりのように頭髪からは絶えず滴が零れ続ける。
荒く息を吐くと水滴が頬を伝い口の中にまで流れ込んで来る。 乱暴に口元を拭った拍子に袂に赤い色が滲んでいるのが見えた。布地にこびりついた血が雨で流れ出している。
洗濯する手間が省けて良かったんじゃねえの。
他人事のようにそう思う。
傷口が開いたか確かめる為腕を上げてみようとすると、腕に力が入らなくなっている事が分かった。 大した怪我ではないと止血もしないでおいたのがまずかったらしい。 無理矢理腕を持ち上げて袖を捲り上げて傷を確認すると幸い血は既に止まっているようだった。 腕を晒け出したついでに傷口周りのこびりついた血も雨で洗い流してしまおうと軒の下から再度雨の中へ出て行く。
叩き付けるような雨に打たれていると水滴が髪から額、額から頬へと伝い落ちて来る。
血が滴り落ちるのと同じ感触で流れていくそれに掌でぐいと額を擦ってみるがその手を目の前に翳すようにしてみても手の平には血の赤い色は無かった。
師匠の返り血を浴びたその日から雨に打たれる度何度も確認してしまうようになった癖。
ぼんやり眺めていると開いた手の平の上にも雨粒が落ちるのが認識出来た。
濡れているのは自分の体なのにその感覚には何処か現実味が感じられない。
傷口の回りを指で擦って残りの血を洗い流してみると微かに傷口が痛んだが自分が痛みを感じる事が酷く不思議な気がする。
自分は死んでいるのか。
そんな筈は無い。
あの日師匠に庇われ成す術も無く生き残ったのは確かに自分なのだから。
だが。
死んでしまえと。
頭の中でいつも声が聞こえる。
死ねと。
妖怪達に身に染み入る程繰り返される呪詛。
妖怪共に幾度殺意と憎悪を投げつけられても何も感じないのは言われなくとも自身が一番それを望んでいるからだと。
何処か遠くから然し確かに自分の身の裡から起こる声。
死ぬ訳にはいかないのだと。
強く弱く念じるように縋るように否定しても打ち消せない声。
死にたいのだと。
進まなくてはならないのだと。
相反する声が常に自分の裡に在る。
死ねと。
その言葉のみが身に溢れている。血となり肉となり自分を形作る細胞の一片一片にまで満ちている呪いの言葉。
「死ね」
堰を切ったように言葉が零れ落ちる。
「死ね」
聞く者も居ない豪雨の中一人繰り返し吐き出す。自身にそして見た事も無い誰かに。 自分が死ぬのが先か自分の行く手を阻む者が死ぬのが先か。 殺らなければ殺られるだから自身の死を乞い願いながら邪魔者は一人残らず殺す。
「・・・死ね」
明るくなった空にふと顔を上げれば光の元は雷の花だと知れた。
それ程近くでは無いらしく轟きは遅れて届く。
少し間を置いて再び天から降るように光条が地に届く。
神鳴
神が弱い自分を視ている。