柔らかい殻
ひび割れた陶器から中を満たした水がじわりと滲み出すように白い法衣が赤く染まって行く。
いつもの刺客。いつものお出迎え。数が多いのはご愛敬。 何時の間にか八戒、悟空と引き離され三蔵と二人きりだったのもご愛敬。 そもそも刺客が狙ってるのは「三蔵法師一行」の当の三蔵自身であるから、こっちに矢鱈、 不公平じゃねえのっと思いたくなる位敵が集まって来てんのもご愛敬。
そうでも思わねえとやってらんねえ。
ガウン!
近くで聞き慣れた銃声が響く。
「てめっ、一撃で仕留めろよッ!」
半端に傷付けられた敵が脚下に転がってくるのを避ける。一応致命傷みてえだけど、ありゃくたばる迄相当長引きそうだぜ?
ガウン!ガウン!
「ギャアァッ!」
連射する音と悲鳴。悲鳴がすると言う事はまたしても仕留め損ねたという意味で。
「チッ・・・」
舌打ちする音が聞こえたかと思うと、三蔵が背後に走り込んで来た。何やら低く小さく呟く声が聞こえる。
待て。
まさかお前。
「 」
間違えようのない、それは破魔の経文を発動させる真言だった。
旅の間に幾度か三蔵が術を発動する場面に遭遇してはいたが、 魔戒天浄は確かに威力は大きいが真言を唱えている間三蔵は完全に無防備になる為大抵の場合は俺達に辺りを固めさせた状態で発動させていた。
────俺一人であんたを守れって!?
動きを止めた三蔵にここぞとばかりに襲い掛かって来る敵を片っ端からなぎ払う。 周りの様子が見えていない訳でもないだろうに目を開けてはいるものの三蔵は大挙して襲い掛かる敵の姿を見ても胸の前で緩く印を結んだきり微動だにしない。 これはもう、矢張りいざとなったら自分で何とかするとかそういうつもりは無いのだと思って良いだろう。 無茶言いやがって、ヤケになって錫杖を振り回すがいかんせん数が多い。
繰り出した銀光の間をすり抜けて
「三蔵っ!」
伸ばされた腕には長く凶器のような爪
「 」
胸元を切り裂かれても三蔵は顔色一つ変えず
「オン マ ニ ハツ メイ ウン」
悲鳴一つ上げず呪(しゅ)を完成させた。
再度振り上げられた血に染まった爪先が届く寸前
────魔戒天浄
経文が発光しながらふわりと舞い上がる。
浄化の光が三蔵の立っている処を中心として沸き起こる。
まばゆい、眼も開けていられない程の膨大な光の洪水。
うっかりこっちまで浄化されてしまいそうな体の溶けそうな感覚。
視界に入る光は痛い程暴力的なのに押し寄せて来るのは身体を包み込む優しい────。
不意に身体の周りの圧迫感が消え、術が収束した事を知った。
やっとの事で眼を開ける。
骨も残らない────とでも言うか、浄化されこの世に生きていたと言う証まで綺麗さっぱり消え失せた大量の刺客。
半分とは言え妖怪の血が混じった身にこの聖なる浄化の力は辛い。 術に当てられてへなへなと座り込んでしまいそうになる力の抜けた身体を叱咤して光の中心だった処へ顔を向けると三蔵がこちらを見ていた。
「使えねーヤツ」
視線が合った途端イヤそうに顔を顰めた。魔戒天浄を発動させる際オレの錫杖を潜り抜けた敵がいた事を言っているらしかった。
「あのなあ!手前がこんなトコロで大技かまそうとするからじゃねえか」
「フン」
三蔵は面白くなさげに鼻を鳴らした後怪我などしていないかの如き様子で歩き出そうとしたので慌てて走り寄る。
「待てって!傷見せてみろよ!」
「大した事はない」
「ンな訳あるか!」
ざっくりと切り裂かれた法衣の胸元からは血が滲んでいる。
「動くなって。今止血・・・」
「必要ない」
「ざけんな!まだ血が止まってねえくせに。適当な布がねえから手前の法衣の袖裂くぞ」
言い置き、無理矢理袖に手を掛けると布の裂け目から中身が転がり出した。煙草とライターと・・・銃? 胸元ならともかく袂なんかに銃を突っ込んでおいたらいざという時取り出せ無いというのにどうした訳だか。 身をかがめて地面に散らばったそれを拾い集めようとすると、銃が異様な熱を持っている事に気が付いた。 もしかすると先程途中で銃撃を止めたのはこのせいか?
「煙草」
銃を手にした侭固まっていた俺に三蔵がいつもの横柄な態度で命令してくる。
「ハイハイっと」
「火」
三蔵の煙草に火を点けてやるついでに自分も煙草を銜える。止血しようとすると今度は制止されず、 顰め面をしながら三蔵は法衣の上を払ってアンダーシャツを脱ぎ捨てた。
「動くと血が止まらねえだろ。八戒達呼んだ方が良くねえ?」
包帯代わりの布で応急手当を済ませる。裂けた衣服から受ける印象程には傷は酷く無かった。 着衣のおかげで傷が浅くて済んだのだろう。だが動かない方が良いのは確かだった。
ソレで合図すれば、と顎をしゃくって何故か三蔵が未だ手にした侭の銃を示す。
「死にたければな」
「あ?」
「銃ってのは、あんまり長時間撃ちっ放しだとイカれちまうんだよ。こんな状態で撃ったら暴発してもおかしくねえ」
命中率も下がるしな。法衣を羽織り直しながら呟き、銃を袷に突っ込もうとし、矢張りまだ銃身が熱かったのだろう、無事な方の袖に放り込んだ。
「戻るぞ」
ざくり。
草履が土を踏む音がする。
銃が使えなければ人間である三蔵に妖怪を倒す手立ては無くなる。 相手が人間ならまだしも、幾ら三蔵が人間にしては力が強い方だと言っても妖怪相手では殴り倒した程度では殺せない。 否、素手でも的確に急所を狙っていけば殺す事は出来るし戦闘不能になる程度に致命傷を与える事も出来るが、 大人数を相手となると一人一人確実に息の根を止めていくのは難しくなるからだ。
三蔵の掌にすっぽり収まってしまう小さな鉄の塊。
そんなモノを使わなければヒトは妖怪を殺せないのだ。
普段があまりにも人間離れして強いので忘れてしまいそうになる。
三蔵は本当は、脆くて、弱い、人間だ。
少し力を込めれば熟れ過ぎたトマトのように簡単にぐずぐずと、赤を飛び散らせてしまう。
八戒が掌をかざし気をあてた処から三蔵の怪我が塞がって行く。
女だったら胸に傷跡が残ったりしたら大事だが三蔵は男だし、 痕が残っても困る事は無い筈なのに傷が綺麗に塞がっていく事に何故か安心した。
合流した三蔵に、まず八戒は傷の手当てを申し出た。大した傷ではないと、三蔵は再び傷を見せる事を嫌がったが
「無理矢理剥かれるのと自分で脱ぐのとどっちが良いですか?」
と笑顔で尋ねられ渋々法衣をはだけた。どうして一々手当されんのをイヤがるんだこの坊主は。
傷に巻かれた法衣だった布きれには固まりかけた血がこびりつき、ほどいた時にじわりと、白い肌に花弁が開くように赤い色が滲み出た。
鋼のような内面に、何て不釣り合いな脆くて柔らかな容れ物。