オレンジ色の猫
「玄奘三蔵さんにお届け物でーす」
「玄奘は俺だが」
「こちらにハンコお願いしまーす」
「・・・」
ぽん
「有難うございましたあー」



「何が届いたんださんぞー?」
荷物を受け取り部屋に戻って来た三蔵に悟空が問い掛ける。
「・・・あんた今日の宿、誰かに伝えてた?」
「いや」
「そうですよねえ・・・何で三蔵の泊まってる処が分かったんでしょう」
「それって刺客からのヤバイ贈りもんなんじゃないの?」
「悟空、窓の外見て下さい!荷物を届けたヤツがまだ近くにいるかも知れません」
「うんっ!」
悟浄の言葉に慌てて指示を出すと悟空は窓に駆け寄り身を乗り出した。
ブロロロロ・・・
「あ、今走ってったトラックが多分そうだ。えっと・・・オレンジの猫のマーク」
「黒じゃなく?」
「似てるけどオレンジ色!」
桃源郷の荷物デリバリーサービス「黒猫宅急便」のマークはその名の通り黒猫印だ。だがオレンジ色の猫・・・?
「・・・っオイッ!んな事すんな!」
悟浄の声に慌てて三蔵の方を向くと緊迫した遣り取りを無視して三蔵は受け取った小さな段ボール箱をカサカサ振ってみていた。
「三蔵っ!」
尚も制止の声を無視して三蔵がばりばりと包装を開け始めるに至ってその手を掴んで止める。
「何すんだ」
三蔵がむっとした表情で睨み付けてくる。
「人の話を聞いていないんですか!こんなもの開けたりして・・・」
「橙猫宅急便だろう。開けて何が悪い」
子供のように叱りつけられた為三蔵はますますむすっとした顔をして手を振りほどきながら答えた。
「え・・・?」
「知らないのか。橙猫」
「え、ええ・・・?」
もしかしてこの地方の有名な運送会社だとか・・・?
「仏教界専用業者の橙猫霊界宅急便・・・」
「嘘つけ」
悟浄、今のツッコミは早過ぎです。
「そう言えばさっきの絵、どっかで見た事あると思ったら寺で見たんだ!」
「悟空まで・・・待って下さい。専用業者と言っても街中を走ったりしてる訳ですよね?僕は見た事ないですよ?」
「たまたま見掛けなかっただけだろう」
そっけなく言うと興味を無くしたように三蔵は再び箱の開封に戻った。
中身を取り出した後放置された箱に貼られた伝票の差出人を見ると・・・


極楽浄土 3丁目26番地1号 光明三蔵


「・・・・・・」
「どした?」
後ろから覗き込んで来る悟浄に黙って伝票を指し示す。
極楽浄土だとかはともかく3丁目・・・?
「霊界宅急便て・・・あの世とこの世を繋ぐ・・・ってヤツか?」
「そんな・・・」
そんな非科学的な事元教師として信じる訳には・・・。
「そう言えば中身何だったんだろうな」
「あ、ああ・・・そうですね」
三蔵の姿を探すと何時の間にか部屋からは居なくなっていた。机の上に封を切られた手紙と包みが置いてある。 手紙を手に取ってみるとメモ程度の長さのそれは流麗な字で書かれていた。




玄奘三蔵様

拝啓
 虎屋の水羊羹が美味しい季節になりましたが元気に過ごしておりますか。
こちらには甘味屋が無いのが返す返すも残念でなりません。
 処で、先日部屋の整頓をしていたら古いビデオが出てきたので送ります。
 旅の仲間の皆様にも宜しくお伝え下さい。

敬具

光明三蔵





内容から察するに荷物の中身はビデオテープらしいが。
「・・・部屋の整頓・・・?」
「あの世からビデオって送れんのか・・・?」
悟浄と顔を見合わせ・・・同時に首を振った。


がちゃり。
ドアが開かれて三蔵とビデオデッキを抱えた悟空が戻って来た。霊の、もとい例のビデオを見る為に借りて来たらしい。
「おい」
「?」
「つなげ」
「・・・ハイ」
命じられる侭取扱説明書を捲り配線コードと格闘する。 命じた本人はソファに腰掛けて煙草をくゆらしているが良いんです。

きっと三蔵は自力ではビデオの接続が出来ないでしょうから。

「これで見られると思うんですが・・・」
「・・・・・・」
三蔵がビデオテープを手に立ち上がった。何も言わずに座っていたが実は早くビデオが見たかったのだろう。
「僕達も一緒に見て良いですか?」
わざわざ霊界から(本当かどうかは随分怪しいが)送られてきた代物なのだ。興味がある。
「好きにしろ」
一瞥もくれず三蔵はデッキにテープを挿入した。
一体何のビデオなんでしょうね。霊界だけにホラーとか?

ウイィーン

暫くの後映し出されたのは「古いビデオ」と記されていた通り荒れた画像と、やや手ブレ気味の画面。
ホームビデオ・・・ですか。
ロングの画面に映し出される屋根瓦と回廊。
「寺かあ?」
だが長安のあの寺とは違うようだ。
三蔵の方を伺うと身じろぎもせず食い入るように画面を見つめている。

回廊を抜け庭が映し出される。画面の中央に、小さく、然し確かに光るもの。
ジャッ、ジャッと言う音声が混じる。
ビデオを持っている人物が少しずつ金色の物体に近付いて行く。小さく手を動かしていたそれが、顔を上げた。
「・・・お師匠様?何ですかそれは」
年端もゆかない幼い顔立ち。声変わりしていない高い声。それでも見間違う事の無い金色の髪。大きな紫色の瞳。 幼いながらもまっすぐに見据えてくる強い光を湛えたその視線。


「これって・・・」
「もしかして・・・」


「借りて来たんですよ」
語りかけられた人物の声が聞こえる。のんびりと、穏やかで優しい声色。
「はあ」
額に見慣れた真紅の印こそ無いが正面から映し出されている箒を手にした子供は・・・間違いなく三蔵だった。
とても現在の身長にまで伸びるとは思えない程小柄で。細身なのは子供の頃からだったと知れる華奢な体躯。 丈の短い着物から覗く子供独特のカモシカのような細い脚に白い膝小僧。


「うっそコレ三蔵か!?」
「すげー可愛いー!女の子みたいじゃ・・・痛えッ!」


「お師匠様、何で俺を撮ってるんですか」
「いえね、折角ですからあなたの姿を収めておこうかと・・・」
言葉が終わらないうちに子供の三蔵が木の後ろに姿を隠す。
「江流?」
訝しむ声と共に画面が木の幹に近付く。金の色を捕らえたかと思うとそれは再度幹を回ってすいっと遠離った。


これは・・・照れてますね。
横目で今は画面から消えている子供の三蔵が大きくなった姿───現在の三蔵をこっそり見ると首筋まで真っ赤に染まっていた。
「照れてる?可愛いじゃん江流ちゃ・・・ぎゃっ!!」
懲りませんね悟浄。


撮影者は子供の三蔵の姿をそれ以上画面に収める事は諦めたらしく場面が切り替わる。
「アレー?何してるんですか光明様?」
いきなり黒髪の男が大写しになる。中途半端な長さのそれを後ろで結わえた快活な表情の黒い瞳に墨染めの衣を纏った男。


「朱泱」
思わず、と言った感じで三蔵が呟いた。
三蔵一人のみが違う名で呼び続けた、死んだ男の名。


「ビデオを借りて来たんですよ。折角なので皆さんの様子を撮っておこうと思って」
「じゃあ江流のヤツも呼んで来ましょうか」
「それが江流には逃げられてしまって」
「あはは」
大きく口を開けて愉快そうに笑うその表情に、『六道』の面影は無い。
「じゃ、ここにいる修行僧でも撮って下さいよ。おーい」
「何ですか師範代」
呼ばれ、道場から出てきた僧達と一緒に悪びれずビデオに収まる。
口元をにやりと皮肉気に歪める笑い方は少し悟浄に似ていた。


再び画面が切り替わる。
「失礼しますね」
声と同時に障子がす、と開かれ畳の上に正座する眼鏡をかけた老人の姿が映った。
「おや・・・榮太樓の梅ぼ志飴ですか」
「何ですかなそれは。光明殿」
挨拶の前に手にしたそれが何であるか言い当てた事を何でもないかのように交わし、 紅玉色の飴を口に含み片方の頬を小さく膨らませた老人が口を開く。
「ビデオを借りて来たのでお寺の皆さんを撮っている処なんです」
「おやおや、こんな年寄りで宜しいですかな・・・処でご一緒に如何ですかな」
老人は菓子器を手で示した。
「有り難うございます。頂きます」


「三蔵、この人誰?」
「僧正様だ」
成程。何事にも動じないあの落ち着きは僧正ならではか。 何しろ三蔵と、三蔵の師匠と言うとんでもない二人を寺に置いていた位だ、ただ者では無いだろう。


ビデオは最後まで淡々と然し丁寧に寺の中を順番に映し出して行った。 映し手の姿は最後まで収められる事は無かったが、慈しむような愛情に満ちた感情がその画面からは伺い知れた。
ここが三蔵が育った寺。
これを撮ったのが三蔵を育てた人。
画面に次々に映し出される人々が「光明様」と呼ぶその声に潜む尊敬と憧憬の念は隠しようもなく、歳月を経て尚色褪せる事無く。


何処か呆然とした表情の三蔵に掛ける言葉も見付からず黙り込んでいると、突然三蔵は立ち上がり部屋を出て行ってしまった。




食事時になりやっと戻って来た三蔵は何かの枝を手にしていた。
「何持ってんださんぞー?」
「触るんじゃねーよサル!」
悟空が手を伸ばそうとした処で三蔵はそれをさっと取り上げてしまった。
「何だよ三蔵のケチ!」
「これは大事なモンだから絶対触るな」
その強い言葉の調子に悟浄までもが振り返った。・・・が大切なものだと言われては触る訳にもいかず。
「見せてもらっても良いですか?」
「フン」
悟空と悟浄の好奇の視線を受けて尋ねてみたら面白くなさげに鼻を鳴らされたがどうやら見るだけなら良いらしい。
枕元にそっと置かれたその枝には橙色の房が幾つも付いていて。
「ほおずき・・・ですか」
「何でソレが大切なモンなの」
「・・・・・・」
その問いには答える気が無いらしい。仕方無いので話を打ち切る事にした。
「じゃ、三蔵も戻って来た事ですし食事に行きましょうか」
「わーい、さんせー!」
いつも通り食事にはしゃぐ悟空の姿に場の空気が和むのを感じながら揃って部屋を出て食堂に向かった。




いつのものように騒々しく食事を終え順番に風呂を使う。4人部屋でも風呂は一つなので結構時間がかかる。 風呂から上がると三蔵がほおずきの枝を手に何やら呟いている処だった。悟空も悟浄も興味津々と言う目で三蔵の仕草を伺っている。
「三蔵?」
「そろそろ教えてくれても良いんじゃねえの?」
問い掛けると悟浄も面白そうに合いの手を入れて来る。面倒くさそうに見回してから渋々といった感じで三蔵が口を開いた。
「橙猫宅急便を呼ぶ」
「・・・ぶはっ!」
スパーン!
悟浄が吹き出すのと頭上にハリセンが振り下ろされるのは同時だった。
「ってーなー!!何すんだ」
「それはこっちの台詞だ!しつこく訊くから教えてやったのに笑いやがって!」
「だってあんた・・・ってマジで?」
尚も言い募ろうとした悟浄が仁王のような形相の三蔵を見て言葉を止めた。
「ほおずきは鬼灯とも書く。死人の魂が宿った実は赤くなる。 赤くなった実に呪(しゅ)をかけて枕元に置いておくと橙猫宅急便が呼べるんだっ!」
「ウソ・・・」
本当ですか、と言ったら三蔵が怒ると思って言わなかったのに悟浄は相変わらずチャレンジャーですね・・・。
ゴス、とハリセンの柄で殴られる悟浄の姿を見て矢張り言わなくて良かったとこっそり思った。
「もう寝る。てめーらもさっさと寝ろ!」
「う、うん・・・おやすみ三蔵」
言い捨て、三蔵が布団を被って横になったのを見て悟空もごそごそと布団に入った。
急に静かになった部屋の中、「どーよ?」と物問いたげな悟浄と顔を見合わせて、首を傾げ・・・お互い首を振った。




「玄奘三蔵さんいらっしゃいますか」
「俺だ」
「お早うございます。橙猫宅急便です。お荷物のお引き取りに伺いましたあー」
「これを頼む」
「ではこちらに受領印をお願いします」
「・・・」
ぽん
「有り難うございましたー」


早朝からドアを激しく叩く音に起こされてみると三蔵一人のみが既に着衣を整えて乱客に対応していた。

「・・・マジ?」
魂が抜けたような声で呟く悟浄。
三蔵のベッドを見れば、昨夜枕元に置かれていた橙色の枝は姿を消していた。
寝惚けた頭で「成程だから橙猫なのか」と、 慣れたものなのか早朝の物音にも起きる事無く眠りこけている悟空の布団からはみ出した足を見て、思った。

ほおずきを「鬼灯」と書くのは日本語です。中国語では酸漿(日本と同じ)、又は紅姑娘。鬼灯に宿るのは先祖の霊。
台湾で黒猫のトラックが走ってたのを見て驚いたのですがコンビニ行ったら「黒猫宅急便」のパンフも置いてありました。

片足に続く

100題