蝉の死骸
時季に似つかわしく遠くから聞こえてくる鳴声に足を止める。ジワジワと仲間もいないこの季節にただ一匹。何を間違ってか真冬の最中に生まれてきた蝉。
「・・・アレ?」
立ち止まった三蔵を訝しげに見た後耳を澄ませて悟空もその声に気が付いた。
「これ・・・蝉?」
「ああ、そうですね」
「こんな時期にかあ?」
もう良い。黙れお前ら。
思いはするものの口に出さず目を眇めて仲間を見遣り神経は蝉の声に集中させる。 成虫となり地上で暮らすのはたった一週間。その短い数日の為に7、8年を地中で過ごす蝉の幼虫。 夏が来ても未だ自分は地上で生き得る期では無いと察すると更に一年。次の夏を待ち暗い地中でたった一匹眠り続ける。
成虫となった後は命の限りである一週間の間につがいを見付け次の命を託す為蝉は鳴くのだと言う。
「・・・声出して?」
ベッドの上で、時には草の上で何度も耳元で囁かれる言葉。
「・・・・・・っ」
押し広げられた内股に指を這わされ体が跳ね上がる。
「う・・・」
執拗にざわりと撫で上げられるその感覚。触れられればそれなりに躰は反応する。 だが悟浄の持っているビデオの女優達のように絶え間ない嬌声を上げる程に行為に溺れた事は無い。 あれは演技だと分かっているがそれでも尚悟浄がしつこく言ってくるのだからヤツが今迄関係を持った女達はある程度こんな時には相応の声とやらを出しているのだろう。 こういった時にはそれが普通なのだろう・・・恐らく。
「ん・・・・・・」
先程迄指が触れていた部分に悟浄が唇を寄せる。 こんな時でも何故か声が出ない。喉の奥で声を飲み込むと息が上手く出来なくなった。 苦しい。堅く目を閉じて呼吸に専念する。
こんな風に寝転がって息を詰めているだけの男なんか抱いても面白くないだろうに、そう思うと増々息が苦しくなった。
後ろの部分、悟浄以外の誰にも触れられた事の無い箇所に悟浄の筋張った指がゆるゆると沈められる。
悟浄の躰を押し戻したいのか強く引き寄せたいのか自分でも解らず指先は行き場を失くしシーツの上を彷徨う。
こんな関係になってから悟浄は街に着いても以前のように女漁りに行かなくなった。 宿で同室で無かったり疲労が酷くて躰を重ねられない時でさえ。 それが悟浄の誠意だと言うのは分かるし野宿の際は時々しか触れて来ないのも俺を気遣っているからだと言うのも分かっている。 ここの所野宿続きで二人きりになる機会など無かったから焦れている筈なのに指で、時には舌を使って性器をしごき上げ口に含み、 決して性急には求めず壊れ物のようにそっと触れてくる。
悟浄の気持ちに応えてやりたい。そう思っているのに躰は強張るばかりで。
これだけ触れられたら気持ち良くておかしくなっても良いもんだろう、そう思うのに。 反応してやれよ、温い熱を感じているだけの自分の躰に他人事のように語りかける。
「・・・っああっ」
内奥で悟浄の存在を感じる。
思わず声を出すと悟浄が嬉し気にくつりと笑ったのが判った。 いつもの皮肉気な様子を消し去り優しい色を浮かべている細められた瞳。 腕を悟浄の背中に回し力を込めて抱き寄せ唇を重ねると動いた拍子に悟浄のそれが一層奥深くまで入り圧迫感に息を飲む。
自分が人として欠けた部分があると言うのは悟浄と寝るようになってすぐ気付いた。 人間の三大欲求────食欲・睡眠欲・性欲。最後の一つが自分には欠けている。
正確には完全に欠落している訳では無い。 こうして抱かれていれば一応躰は反応するがさほど重要な行為だとは思えないのだ。 とろけるような口付けは気持ち良いと思うし抱擁は他人の体温を感じているにも関わらず其程嫌悪感を生じない。 だが其れ以上の行為を自分の躰は欲しない。悟浄が求めるから抱かれているのだと言い切れる。 回数を重ねれば快楽に飼い慣らされてくるのだろうかと思いもしたが逆に躰が馴れて愛撫への反応が鈍くなっただけだった。
食わなければ死ぬ。眠らなければ死ぬ。然し子孫を残さなくとも人間は死なない。
長期的な目で見れば子孫を残さなければ人類は絶えるがそんな先の事の事を心配する遺伝子は自分には組み込まれていなかった。 男同士の行為に先行きなど元より在る筈も無かったがそれでも自分には行為を必然だと、快楽だと思う回路が抜け落ちていた。 生き残る為に必要な行為には快感を感じるように人間の躰は造られていると言うのに。
生き抜くのに必死で途中で欠けたのかそれとも最初から欠けていたのか。死にたがりの自分が死ぬ為に繁殖欲を切り捨てたのか。
いずれにせよ自分には子孫を残す為の本能が欠け落ちていた。
ジ・ジジ・・・
昼に聞いた蝉の声であろうか。命の最後の煌めき。力を振り絞り羽を擦り合わせ会える筈も無い仲間を呼ぶ声が聞こえた。
季節を違えて産まれて来たにも関わらず無駄と知らず死ぬ迄つがいを求めて啼き続ける命。 蝉にさえ備わっているそれが自分には欠けているのだと。
それを知らぬ悟浄が深く抉るように突き上げてくる。幾度も。
苦しくて口を開けば掠れた呼吸のみがひゅうひゅうと音を立てた。
だるい身体を起こしベッドから降りれば蝉の声は止まっていた。 見た訳でも無いのに生命の限りに鳴き尽くし地面にぽとりと落ちた姿が脳裏に浮かんだ。 此処には無い命の抜け殻を握り締めるように拳にぎゅ、と力を込める。
ああ、あの命は尽きてしまったのだ。