ハイヒール
「ちょっと見して」
三蔵の抱えている包みを見た後何か言いたげな顔をした八戒の表情に、悟浄も八戒に倣い三蔵の手の中の花束を覗き込んで驚いた。

たまたま通りかかったラーメン屋で食事を済ませた後、 新規オープンだったその店の前に大量に寄せられた花輪の花を持って行って良いと告げられた。 花なんて特別好きな訳でも無い悟浄が好き放題に花を抜き取る気になったのは、先に店を出た三蔵が既に花を手にしていたからだ。 良い感じに纏まった花束を悟浄が八戒に見せると、八戒は「そう言えば三蔵はどんな花を選んだんでしょうね」 と言って先を歩く三蔵の手にある包みを覗き込んだ。


三蔵が手ずから選んだ花。一体どんなモンで八戒にあんな顔をさせたんだか、そんな程度の気持ちで眼にしたソレ。

赤、紅、真紅(あか)・・・。
普通赤い薔薇の花束なんてものには申し訳程度にカスミソウが混じっているものだが、 紅を害する他色を排除したとばかりに見事に紅一色で構成された花束が悟浄の視界に映った。

『血の色』

耳元で記憶の中の声が聞こえた気がした。


「どけ。邪魔だ」
三蔵の声に我に返り悟浄は花束の前から退いた。
三蔵がそんなつもりで赤い花を選んだ訳では無いと言う事は分かっている。 赤は血の色だけでは無いと告げたのは他ならぬ三蔵なのだから。
ごくりと唾を呑み込んでから悟浄は冗談めかして口を開く。
「なあなあ三蔵さま?あんたソレどーすんの」
自分も同様に花束を手に提げているが一応尋ねてみる。
「どうにでもなるだろこんなモン。てめえこそどうする気だ」
案の定ギロリと睨み付けながら(何で睨むんだよコイツは、と悟浄は思った)尋ね返された。 丁寧に新聞紙でくるみ込んでいるクセに「こんなもん」呼ばわりするのも三蔵らしくて突っ込む気にもならない。
「んー?宿の女の子にでもあげよっかなーと思って」
「フン」
ちらちらと三蔵の手の中の赤に視線を投げながら悟浄は答える。滴る程の紅い色は白い法衣に酷く映えていて何故だか泣きたくなる。
「もしかして三蔵サマ俺からの花束欲しい?」
慌てて取り繕うように自分の持っている花を三蔵にも見えるようにちらつかせて悟浄が言う。
「いらねえよ」
一応花に一瞥をくれてからそっけなく言って三蔵はふいと横を向いた。 女じゃあるまいし花を贈ると言われて喜ぶ訳無い、それは分かっている筈なのに動揺しそうになる自分を、悟浄は自覚する。
咄嗟に言葉が出ないのは拒絶された為か拒絶した相手が三蔵だからか。


「あんた薔薇好きなの?」
三蔵の隣は絶対譲らないとばかりにぴったり三蔵の右につけている悟空と。 大して広くもない道なのに左側に悟浄に張り付かれている為窮屈な感じで道を歩く羽目になり決して機嫌の良い筈のない三蔵に道を曲がった処で悟浄は問い掛けてみる。 因みに八戒は3人がぎゅうぎゅうにくっつき合うように一列に並んでいる後ろを少し離れてジープを肩に載せて歩いている。 男3人が道に広がると一杯になってしまうような幅しかないのだ。
「・・・別に」
「じゃあ何で薔薇ばっかりなのよ」
しかも紅ばっかり・・・似合うケド。ああ、認めるよ。あんたは紅が良く似合う。
「偶々だ」
「アレ?三蔵さっき・・・」
即答した三蔵に、一輪だけ手にしたオレンジ色のガーベラを弄んでいた悟空が横から口を挟もうとする。
「『さっき』、何だ」
「・・・何でもない」
悟空より頭一つ分高い処から降って来るドスの効いた低い声。飼い主に凄まれた悟空があえなく黙り込んだ処で宿に着いた。





「お帰りなさいませ」
今日の泊まりは家族経営のアットホームな小さい宿。フロントに立って4人に挨拶したのは歳の頃は17、8だと思われる一人娘。

ま、このお嬢ちゃんなら良いか・・・。

「これ、俺からのお土産」
外側が新聞紙と言うのが色気が無いし若い女の子に渡すには少しばかり地味な色合いではあったが、 背中に隠すようにしていた花束を台詞と共に取り出しウインクしながら悟浄は手渡した。
「え・・・っ」
目の前に突然現れた花束を見て小さく口を開き、それから悟浄を見上げて、かあっと頬を赤く染める。

こういう反応って新鮮で良いネ、悟浄は密かに思う。
酒場のおネエさん達はおろか三蔵様だってこんな可愛い反応はしてくれない。
「あ、あのっ」
フロントから娘が身を乗り出して来るのに合わせて横から声がかかる。
「あー、それラーメン屋さんで戴いたお花ですのでお気になさらずに」
八戒め、余計な事を、娘が自分から視線を外し八戒の方を見遣るのに悟浄はそう思う。
「え・・・そうなんですか?」
少し安心したように、然し小首を傾げて娘が尋ねる。
「そこの大通り行った処の店で開店セールやってたんだ」
「ああ、そう言えば今朝チラシが入ってました。お味はどうでしたか?」
「ちょっと味が濃かったけどまあまあかな」
何でお前が話してんだよサルの分際で、悟浄が悟空の方を振り返る。

「何だい騒がしいねえ」
騒がしいと言いながら咎めるでもなく愛想良く笑いながらフロントの奥から老婆が姿を現した。 チェックインした時には姿を見掛けなかったがこの娘の祖母であろう、銀色の髪を一つにひっつめた背の低い老婆だ。
「あ、おばあちゃん。お客様にお花を戴いたの」
カウンタテーブルに載せた侭だった花束を手に取り祖母に見せるべく娘が振り返る。
「あらまあ。どうも有難うございます」
「あっ、私ったらお礼がまだでしたね。有難うございます」
並んだ笑顔は確かに祖母と孫娘の血の繋がりを感じさせた。 ぺこりと娘が頭を下げた時にそれ迄少し離れた処に立っていた三蔵がカウンターに近付いた。
「おい」
酷くぶっきらぼうに声を掛け三蔵は無造作にカウンターに深紅の花束を置いた。

『母さん見てよホラ』

手にした花を相手が喜んでくれるものと信じて母親に差し出したあの光景が蘇り、一瞬悟浄が躰を強張らせる。


「え・・・っ、こ、これは?」
愛想笑いの一つも無い侭差し出された大輪の赤い薔薇に老婆が戸惑いの声を上げる。 きょときょとと目の前の花を見て、次に見上げるように三蔵を仰ぎ見・・・無表情ではあるが見てくれだけは良い三蔵の姿にぽかんと口を開ける。
「・・・どうせ貰いモンだ」
それでも何とか。分かりにくい言葉ではあったが、老婆への贈り物であるらしいと伝わったようだ。
「「きゃああああっ!」」
「「えええええっ!?」」
途端娘のみならず老婆までもが黄色い声を上げる。 それだけではなく八戒と悟空からも沸き上がった声に三蔵が不審そうに目を眇める。
「・・・何だ」
「ほ、本当にアタシで良いんですか?」
「さ、サンゾー何で・・・もがっ」
こんなバーサンに、と言う失礼な悟空の台詞はいち早く我に返った八戒によって阻止された。
「俺達は明日出発する。花なんか持ってたってしようがないからな」

三蔵にしてみれば花を渡せる相手であれば誰でも良かったのだ。 取り敢えず持って来たものの自分で言った通り旅の間中持って歩くつもりなど毛頭無かった。
道を歩いている時行きずりの人間に渡してしまおうかとも考えたのだが変な相手に渡して妙な誤解をされても困る。 宿の人間に渡すと言っていた悟浄の発言を妥当なものだと思った、 (見ず知らずの人間よりは一度でも顔を合わせた人間の方がマシだと思えたので) だから手っ取り早くフロントに出て来た者に渡した、その程度の認識だった。

相手が突っ返して来る様子が無いのを見届けると(尤も三蔵だったら万が一突き返されても無視するに決まっているが) 三蔵はフロントに背中を向けて自分達の部屋に向けて歩き出した。
慌てて三蔵の後を追う悟空に続いて足を進めながら悟浄はちらりと老婆の方を振り返った。
若い頃はハイヒールなどを履く事もあったであろうその女性は今や年甲斐も無く顔を赤らめ、 先程フロントに出て来た時の「祖母」の姿から変化を遂げ、少女のような初々しい笑顔を見せていた。
色気も何も無い底の真っ平らなサンダルに動き易さを重視した地味な色の丸首のシャツ、たるんだ腹を隠すだぶだぶのズボン。
あの服装は明日になったらもっと違う物になっているのかも知れないな、 そう思いながら少女めいた老婆の赤らんだ頬に何故か嫌悪感は沸かなかった。


差し出した花を散らされたあの日の事を知る筈も無い三蔵の行動にこんなにも俺は救われている。
花、なんて。
女の子が喜ぶと知りながら考えてみればあの日以来誰にも贈った事が無かった。 そう言えば考える間も無く花を選び取って自ら花束を作っていた事に気が付いて自分で驚いた。


なあ、あんた分かってる?


恐らく、絶対、何も分かっていないであろう三蔵の背中に苦笑しながら悟浄は心の中で問い掛けた。

ルートの続き。

「派手な金髪の美青年が老婆に赤い薔薇の花束を渡した話」は無い事無い事枝葉が増えて伝説になりそうな予感。 サンジョルディの日?
男性は花を贈り女性は般若心経を贈ると言う妙な風習でも出来るんじゃないだろうか。

100題